嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
穏やかな口調で言いながら、すっと立ち上がった薫社長はこちらに近づいてきて、年配客の手首を取った。


「い、痛!」


自分よりも恰幅のよい男性の体が浮き上がるくらいに強く、薫社長は手首を捻るように掴み上げる。


「で、でも……! お、お兄様はこういうのがお好きなので、てっきり薫社長もそうかと……」


焦りを顔に滲ませ、引きつるような笑顔を浮かべる年輩客に対し、薫社長はピクリと片眉をつり上げた。


「私が兄と同等だと? それは私への侮辱ですか」
「ぶ、侮辱だなんてまさか、とんでもない!」
「大変不快な思いをしたので、おたくの研究所との共同開発の件は再検討ということでよろしいですね?」


丁寧な言葉遣いとは裏腹に、相手を見下す薫社長の目は鋭い。


「か、薫社長! 気分を害されたことは謝りますので、どうか前向きにお考え直しください!」


悲鳴のような声を上げる年輩客の手をすっぱりと、ややぞんざいに離した薫社長は、腰を抜かしてお座敷に座り込む私に身を屈めて手を差し伸べた。


「大丈夫?」


さらりと黒い前髪が、鼻面で揺れる。
顔を窺われ、放心していた私はこくこくと小刻みに頷くことしかできない。
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