嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
「さ、先程は大変申し訳ありませんでした。助けてくださって本当にありがとうございました!」


目を泳がせながら立ち往生している間に目の前まで来てしまった薫社長に、私はガバッと深く頭を下げた。


「ああ、うん」


私の感謝の言葉を簡単に片付けた薫社長は、なかなか頭を上げられないでいる私に事もなげにこう言った。


「君、総務部の茅部一華さんだよね?」
「!」


ハッと息を吸ったまま、しばらく静止する。

背筋が凍りつくように硬く冷たくなって、壊れたロボットみたいな変な動きで私は頭を上げる。


「ひ、人違い、です……」


声が上ずったけど、気にしない!
いびつな動きでターンする。


「いや、そんなはずはない。社員の名前は覚えている」


手首を掴まれ、一歩踏み出そうとしていた私は前のめりに立ち止まった。


「乗って。送るから」


恰幅のよい男性をいとも簡単に持ち上げるくらいだもの。
気もそぞろでまともに歩くことさえできない私を引っ張っるくらい、薫社長には朝飯前だった。

体に力が入らずされるがまま、私は高級外車の後部座席に乗せられた。

運転席に座っていたのは社長秘書の長瀬さんだった。
彼とは会議の準備で何度か顔を合わせたことがある。

こ、この世の終わりだ……。

ルームミラー越しに目配せされ、私は冷や汗がたらりと額を流れるのを感じた。


「なぜ、香山でバイトを?」


エンジン音だけが小さく響く静かな車内で、腕を組んで隣り合わせに座った薫社長が開口一番に言った。


「うちの会社の給与に不満でも?」


ちらりと隣を盗み見て、私は身を硬くする。
もう、言い逃れはできない……。


「い、いえ……」


蛇に睨まれた蛙状態で、私は小さく首を振った。
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