嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
私が櫻葉邸で紅茶をいただきながら、〝同じ香りがすると家族って感じがして安心する〟と話したとき、〝可愛い〟って言ってくれたけれど。

薫さんが本当に、抱きしめたいのは。可愛いねって褒めたいのは。

私なんかじゃなくって。

本当は__。


「彩月!」


弾むような声を上げ、芳樹社長が片手を挙げる。
頭が現実に戻って、私は何度も目を瞬かせた。


「芳樹さん、お久しぶりです」


こちらに気づいた薫さんと彩月さんが、周囲の注目を浴びながら近づいてくる。
彩月さんの笑顔は自然体で美しく、遠目で見るよりも何倍も綺麗だった。


「この度は、創業百周年おめでとうございます」


丁寧に頭を下げた彩月さんは、芳樹社長の隣にいる私を見て小首を傾げた。
とても可愛らしい、可憐な加減で。


「こちらは……?」
「ああ、えっと、」


こほん、と咳払いをした薫さんが言いよどむ。
あんなに大勢の招待客の前で堂々と挨拶する人が、口ごもるなんて……。異常事態。


「こちらは……、」


なかなか口を割らない薫さんに業を煮やしたのか、芳樹社長がウエイターからシャンパンを受け取る。
そして、それを私に差し出した。


「彩月、紹介するよ! この子はね」


と言いかけたとき、動転したせいで目測を誤って伸ばしすぎた私の手がグラスにぶつかり、パシャッと波打って中身が溢れた。


「あっ、ごめん一華ちゃん! 大丈夫⁉︎」


慌てた芳樹社長が近くのウエイターを呼ぶ。


「いえ、大丈夫です。申し訳ございませんが中座させていただいてもよろしいですか? 失礼します」


誰にともなく断ってから、私はお辞儀をしてその場を立ち去った。
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