嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~



心配する詩織になんとか気丈に振る舞い、別れを告げてマンションに戻ると、私は荷物をまとめた。

元々引っ越して来たときから少なかったから、さほど時間はかからなかった。

一応連絡した方がいいかな、と思った。
契約書に記入してあったメールアドレスに、用件だけを手短かに打って送信した。


「これで終わり、か……」


これから色々と、婚約解消だの契約違反だのとややこしい問題が待っているのだろうけれど、薫さんとの関係は案外あっさり断ち切れた。

もっと早くこうすればよかった、とすら思える。

未練がない、わけじゃないけど……。
契約解除となれば額面通りそれまでってことで、気持ちが絡まない分さっぱりしてる。

散々悩まされた〝契約〟という言葉に、最後に救われるなんて思いもしなかった。

荷物を抱え、電車を乗り継いで懐かしい町に私は出戻った。


「__一華⁉︎ ど、どうしたの急に……」


お母さんは、キッチンで夕飯を作っていた。
今夜の献立はシチューとみた。


「うーん、ちょっとね」
「櫻葉さんと喧嘩でもしたの?」


大きなバッグを床に置いたのを見て、お母さんは眉間に皺を寄せる。


「喧嘩っていうか……」


鍋の火を止めて、お母さんはエプロンで手を拭くと私の目の前に立った。


「結婚するの、やめたんだよね! やっぱ、住む世界が違うしね。いろいろとその、うまくいかなくって……」


ヘラヘラと力なく笑って見せると、お母さんは下唇をキュッと結んで少し悲しそうな顔をした。


「あ! お店のことは、私がなんとかするから! お母さんは心配しないで」
「そんなこと、心配してないよ。お母さんが心配なのは、一華のことよ?」


そう言って、お母さんは穏やかに眉尻を下げる。
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