嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
「ほら早く、風太が帰ってくる前に行きなさい!」


動きの鈍い私はお母さんに強引に引っ張られるようにしてたたきに下ろされ、靴を履いた。


「う、うん……ありがとう、お母さん」


比喩ではなく本当に、正にお母さんに背中を押され、私は玄関のドアを開けて一歩踏み出す。

そこには、高級外車が一台停まっていた。


「茅部さん、お久しぶりです」


運転席の脇に姿勢良く立っている長瀬さんが、丁寧に一礼した。


「は、はあ……」


私もぎこちなく頭を下げ、不意に視線を彷徨わせると、曲がり角のところで早く行かなきゃデートに遅れる詩織がハラハラした目でこちらを窺っていた。
どうやら彼女に探偵の素質はないらしい。

もう、野次馬やってる時間なんてないでしょう、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、視線を交わす。

詩織は力強く頷いた。
頑張れ! という心の声が聞こえたような気がした。


「突然お邪魔して申し訳ありません。どうぞ、お乗りになってください」


長瀬さんは、大変折り目正しい所作で後部座席のドアを開けた。


「ええと……どこに行くんですか?」
「社長がお待ちになっているところです」
「はあ……」


答えになっているような、いないような……。

なんだかよくわらないけれども、私は遠慮がちに体を小さくして後部座席に乗り込んだ。

シートベルトを締めるとすぐに、車は発進した。
住み慣れた町を過ぎ、大通りに出たかと思ったら車列に沿って止まることなく動き続け、気がつくと高速を走っている。

どこ行くんだろう……。
なんだか無性に不安になってきた。

洗濯物畳んでたの、まだ途中だったな。そろそろ風太が帰ってきた頃かなぁ。
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