偽装恋人などごめんです!


結局、私達は部屋に戻ってきた。
すぐにストッキングを脱ぎ、傷口の消毒をされ、絆創膏を貼られる。
そんな大げさな怪我ではないから、送ってもらったのも申し訳ないくらいだ。

昼食のキャンセルを告げ、電話を切った彼を見ながら「ごめんなさい」と謝る。

「……何が?」

「せっかくもらった洋服。すぐに汚したし。……今更、嫌とかわがまま言いました」

おずおずと言ってみたら、彼は苦笑して首を横に振った。

「いや。謝るなら俺の方でしょ。無理な頼み事して、無理やり引っ張りまわして」

そうですね。
でも、一度引き受けたからには私にも責任ってものがあるからね。
当日、しかもここまでおめかしさせてもらってからのドタキャンは詐欺に近いと思う。

「それに、服のことはべつに気にしないで。これなら親父たちが好きそうかなって思っただけだから」

佑さんは首のあたりを押さえ、困っているようだ。
長い沈黙が気まずく、何度も目が泳いでしまう。
ああもう、怒って帰ってもらった方が気が楽かも。

だけど、佑さんはやがておもむろに話し出した。


「……野乃、覚えてる? 俺にあの塩コショウおにぎり作ってくれた日」

「覚えてます。もちろん」

もう十五年も前の話だけど、私は鮮明に覚えている。
当時私は八歳で、お父さんは出張でいない日だった。お母さんはお姉ちゃんの習い事であるソフトボールクラブにお迎えに行っていて、急に電話がかかってきたのだ。

< 12 / 31 >

この作品をシェア

pagetop