偽装恋人などごめんです!

『野乃? ごめん。お姉ちゃんが怪我して、今病院に居るの。もうちょっと遅くなるから、鍵をかけたまま待っててね』

明るいうちなら、ひとりで留守番も出来るようになっていた。だからお母さんはそう言ったのかもしれないけれど、夜ってだけで世界は一変する。
心臓がドクンドクンと脈を打ち、怖くてたまらなくなって、家じゅうの明かりをつけた。
それでも、気持ちが落ち着かず、テレビの音量を上げて、ソファにしがみついていた。

そのとき、庭から凄い音がしたのだ。
何か落ちたような。テレビの音にも負けないくらい大きな音。
私はおそるおそる窓によって、カーテンの隙間から覗き見た。

『いってぇ……』

うちの小さな庭に、学生服姿の男の人がいた。どうやら塀を乗り越えてきたらしくて、倒れている。
その人は、ゆっくりと顔をあげ、……こっちを見た。

『……佑兄ちゃん?』

それがお隣のお兄ちゃんだと気づいて、私は無防備に窓を開けた。
すると佑兄ちゃんは、土のついた頬を右手で拭いながら、とても情けない顔で言ったのだ。

『……腹へった』と。

うん。鮮明に覚えているよ。

「……すごくびっくりしました。あの時」

「悪い悪い。あの時は言わなかったけど、実はあれ、初めての家出ってやつをしたところだったんだよね」

「家出? 隣の家に?」

「案外盲点だと思わない?」

自慢げに言われたけど、いや、私は思わないよ。
真っ先に探されるところじゃん。
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