偽装恋人などごめんです!

「か、河東谷さんっ、これはどういうことですかっ」

着物姿の女性とその母親らしき女性が、怒りを満面に表している。

「あ、やば、ごめ……」

慌てて手を離そうとした香乃の手を、ギュッと握りしめる。
いやむしろ、俺にとってもこれは好機なのでは?

「佑さん?」

「ごめん、今日は断りに来たんです。父が勝手に見合い話を進めていたようですが、俺には心に決めた相手が降りまして……。本当に申し訳ありません」

ぺこりと頭を下げれば、見合い相手は震えながら俺に鞄を投げつけ、香乃をにらみつける。
香乃は空気を読んでくれたのか、黙ったまま隣で頭を下げてくれていた。

「もうっ、こんな失礼な話ありませんわっ。お父様に報告させてもらいますから」

一緒に来ていたらしき母親がそう言い捨て、ふたりは憤慨したように去っていった。

足音が去って数秒後、うつむいたままの状態で、「……よかったの?」と香乃が聞いてくる。

「ああ。なんだか助かった」

「ごめんね。私が腕組んだりしたから」

「いや、どうせ断るつもりの見合いだったんだ。むしろ口実にして悪かった……」

「香乃っ、お前っ」

今度は彼女の相手が来たらしい。
驚愕の表情で目を見開く彼に、香乃は嬉々とした笑顔を見せた。

「なーんだ。啓太、やきもちやいたのぉ?」

全く焦らしになっていない。痛い目見せてやるのはどうなったんだ。
呆れてしまうが、どうやら香乃はこの青年にべたぼれらしい。
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