溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 一人になったとたん、ため息が出てしまった。

 やっぱりだめだ。

 世界が違いすぎて実感がわかない。

 今このクルーザーのキャビンにいること自体、映画を傍観しているような感じだ。

 自分がここにいないような気分がして居心地が悪い。

 このままカプリ島に着いて彼の別荘へ行っても、同じような気分が続くんじゃないだろうか。

 それならむしろホテルに滞在した方が気が楽でいい。

 やっぱり断った方がいいのかもしれない。

 でも、せっかくの好意を断るのも悪い気がする。

 ああ、また結局、こうなんだ。

 私はいつも決められない。

 こうかもしれない、ああかもしれないとグダグダと結論を先延ばしにしてしまう。

 迷っているうちに、物事が進展していたり、まわりが勝手に決めたりして、私はいつもそれに従ってきたのだ。

 イタリアにまで来て、何も変わらない自分が歯がゆかった。

 窓から外を見る。

 前方に島影が見えた。

「あれがカプリ島だよ」

 振り向くとミケーレがいた。

「あの、やっぱりお断りしようと思うんですけど」

 勝手に口が動き出していた。

「こんなに大きな船まで出してもらって、これ以上ご厚意に甘えるわけにはいきませんから」

「美咲は日本人だね」

 もう何度言われた言葉だろうか。

「甘えるとか、遠慮とか、そういうのはイタリアにはないから心配ないよ。僕も日本人の考え方や気持ちは理解しているつもりだから、無理にとは言わないけど、そろそろ僕のことを信じてくれてもいいんじゃないかな。こんなの、本当にたいしたことじゃないんだよ」

「ミケーレさ……ん、ミケーレにはそうかもしれないけど、私はあなたみたいな世界の人間じゃないし」

「この世は一つだよ。日本でも言うだろ。地球は一つって。イッツアスモールワールド」

 ミケーレがおどけた調子でハミングを始める。

「そういうことじゃなくて」

 さえぎろうとして思わず声が大きくなってしまった。

 やばい。

 涙がにじみ出してきてしまった。

「あの、私の方からお返しができないことをしてもらっても、本当に困るからです」

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