溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 彼が深いため息をついた。

「いくらお金や名声があっても、その代償として失う物もあるってことさ」

「純粋な愛とかですか?」

 私の言葉に彼が立ち止まる。

 耳が赤い。

「あんたのそういう普通なところが好きだよ」

 それは告白というより、本当にただの感想のようだった。

「ミケーレも、あんたのそういう普通のところに惚れたんじゃないのか」

 なんで今彼のことを持ち出すんだろう。

 私の気持ちの変化に気づいたのか、彼が一歩間合いを詰めてきた。

「うれしくないのか?」

 私は視線をそらせて、灰色の雲の下で鈍く輝く海を見つめた。

「だって、普通じゃなくなったら、いらなくなるっていうことでしょう」

「あんたは男が分かってない」

 視界の隅で彼が首をかしげている。

「それはただのきっかけだ。男が女を愛する理由は他にある」

「なんですか?」

「それはミケーレに聞けよ」

 またそれだ。

 何度話したところで、もうどうにもならないことではないか。

 ぽつぽつと顔に滴が当たる。

「あ、降ってきましたよ」

 雲の色が濃くなっていた。

 私たちは海沿いの道をホテルに向かって歩き出した。

 目の上に手をかざしながら彼が笑った。

「雨天順延の運動会だな」

 そういえば、散歩に出る前にそんな話をしたっけ。

「続きはいいんですか?」

「続き?」

「三つ目の願い事」

 彼は何も言わない。

 私は彼と歩調を合わせながら言った。

「私をあなたの女にしてください」

 彼は前を向いたままだ。

「……そうすれば、ミケーレも私から離れていくでしょう」

 彼はまだ無言だった。

 ホテル近くの交差点で道路を渡った時に、ようやく口を開いた。

「そういう利用のされ方は好きじゃない」

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