溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 彼がカードキーをかざしてドアを開ける。

 私のいた部屋と同じような広さのリビングへといざなわれる。

 寝室は三つあり、それぞれにシャワールームがついている。

 それとは別に深い浴槽のついたメインのバスルームもある。

 確かにこれで一人住まいは無駄だ。

 窓の外のテラスは本降りになった雨に濡れて鈍い光を反射していた。

 まだ早い時間なのに雨雲のせいでもう外は暗い。

 私はまるで初めての時のように腕で体を隠すようにしながらベッドのそばに立っていた。

 彼はそんな私の様子を眺めながらTシャツを脱いだ。

 ミケランジェロが彫りだしたような鍛え抜かれた肉体がさらけ出される。

「すまないが、体を冷やすとコンディションにさわるんで、広い方のバスルームを使わせてもらうぞ。あんたも寝室のシャワーを使えよ。湯船を使いたかったら、悪いが終わったあとにしてくれ」

「あの、もう服は脱いでいた方がいいですか」

 バスルームに入ろうとした彼の背中にたずねる。

「ミケーレの女のくせにあんたもおもしろいこと聞くんだな」

 戻ってきた彼が私のあごを持ち上げて、じっと目を見つめた。

「俺はいたってノーマルだぞ。裸でサッカーをする趣味もないし、服を着せたままヤリたがる変態でもないさ。服がしわになるとか文句言われるのも面倒だから裸のままでかまわないぞ。本当は下着ぐらいは脱がせてくれた方が俺も興奮するけどな」

 そして、手を離すと、またバスルームへ去っていった。

 シャワーのお湯の音を聞きながら私はベッドに腰掛けた。

 今ならまだ逃げられる。

 本当にこれでいいの?

『美咲、ヤケになるのも分かるけど、本当にこれでいいの?』

 うるさい!

 よけいな口出ししないで!

 私のことは私が決めるの。

 これでいいの。

 他に選択肢なんかないの。

 他にどこにも行けないし、私の居場所はどこにもないんだから。

 ……選択肢がない。

 結局私は自分で決めることができない女なんだ。

 ギリギリまで迷って、ためらって、成り行きに身をゆだねて、それが自分の選んだ選択肢だと思いこんできただけなんだ。

 自分では何も決められないくせに、枠をはめられてしまうとストレスを感じて投げ出してしまうんだ。

 昔つきあっていた人も、自然に交際が消滅してみると、だいぶ無理をしていたことに気づいた。

 彼に合わせなくちゃとか、カノジョらしく振る舞わなければとか、みんなにイイネをもらわなくちゃと、自分に合わないことをやっていただけなんだ。

 ため息しか出ない。

 私は服を脱ぎ捨てて、彼に言われたように寝室のシャワー室に入った。

 シャワーで頭を空っぽにして、覚悟を決める。

 体を拭いて、彼のリクエスト通り下着だけ身につけてベッドに潜り込んだ。

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