溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 バスローブをまとい、髪を乾かしてバスルームを出ると、ベッドの上であの男が目を開けていた。

 上半身を起こして二つ重ねた枕にもたれかかりながら私を手招きしている。

 嫌悪感をこらえながら私はベッドに腰掛けた。

 腰に手を回して抱き寄せようとするのを私は拒んだ。

 彼は顔を寄せてきて耳元でささやいた。

「あんたもおもしろい女だな。俺がシャワーから出てきたらグーグーいびきかいて寝てたぜ」

「え、いびきかいてましたか?」

「おいおい、気にするのはそっちかよ」

 思わず顔が熱くなる。

 男はそんな私を見て楽しんでいるようだ。

「それに、あんたは寝相が悪いな。寝てる間に二度蹴られたよ」

「ごめんなさい」

「一度目はイエローカード。二度目はレッドカードで退場だろ」

「じゃあ追い出しますか?」

 彼はニヤリと笑った。

「いや。勝利の女神は離さないさ」

 男は私の肩を引き寄せて正面に向き直らせた。

 そして、枕元に落ちていたスマホを私に突きつけた。

「あんたの恥ずかしい動画を撮らせてもらったぞ。勝利の女神に逃げられたら困るんでね」

 動画!?

 とっさに奪い取ろうとするのをあざ笑うかのように彼はスマホを引っ込めた。

「いい反応だ」と下卑た笑みを浮かべてみせる。

「サイテー。そうやって今までも女の人を脅迫してきたんでしょう」

「なんとでも言えばいいさ。これも自衛のためだ。前にも言ったように、匂わせとかスキャンダル捏造で知名度アップの話題作りに利用されたくないんでね。安心しろよ。俺は紳士だから、あんたが黙っていれば誰にも見せないし、脅迫なんてするつもりもない」

 私は何も言えなかった。

 頭の中が真っ白で何も思いつかなかった。

「それとも俺を訴えるか? 裁判でこの動画を証拠として提出すれば、みなが興味津々であんたの痴態を眺めるだろうな。俺はかまわないぞ。俺は映ってないからな」

 そう言いながら彼はベッドから抜け出し私の前に立った。

 隆々とした肉体が私を見下していた。

「どちらがいいか自分の立場をよく考えるんだな。まあ、考える時間くらいはくれてやるよ。どうせなにも決められないんだろうけどな」

 そう言い残して彼はバスルームへ消えていった。

< 132 / 169 >

この作品をシェア

pagetop