溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 ベッドの上にスマホが放り出されている。

 奪い取ってみたところで、顔認証もパスワードも通らなければ起動もできないだろう。

 破壊したところで、ネット上にデータを保管されていたら意味がない。

 男はそれを分かっていて、狼狽する私を楽しむつもりなのだ。

 また選択肢はなかった。

 どうして私はいつも選択肢がないんだろう。

 私の人生はいつも他人に決められてしまう。

 選択肢をいつも一つに絞られて、あなたはこれが正解なんだから飲み込みなさいと無理矢理押し込まれるんだ。

 フォアグラのように膨張した私のフラストレーションが爆発した。

 こんなところから一刻も早く逃げ出さなければならない。

「おい」

 男がバスルームから顔を出す。

「あんたの下着だ」

 男はベッドに向かって放り投げてよこした。

 まるで巨大なナメクジに体をなめ回されたような嫌悪感がこみ上げてくる。

 叫び出しそうになるのをこらえて、脱いであった服を身につけると私は部屋を出た。

 ホテルの外は真っ暗だった。

 手ぶらで駆け出してきてしまった。

 何時なのかすら分からない。

 ぬるい雨が私を濡らす。

 行くあてなどない。

 涙よりも雨に濡れる。

 泣いて感情を洗い流す気力すらない。

 私は海岸沿いの棕櫚の並木道をさまよい歩いた。

 ライトアップされていた町並みも今はすっかり闇に沈んでいる。

 雨のせいか人通りも絶えている。

 馬鹿な美咲。

 自分から望んだことじゃないの?

 あなたから抱かれようとしたくせに。

 自分でそう決めたんでしょう。

 また失敗しちゃったじゃない。

 あなたが決めるといつもそうでしょう。

 だから言ったじゃないの。

 お人好しの美咲。

 いい人ね、あなたは。

 ……そうよ。

 だから何よ。

 私が自分で選んだのよ。

 こうなる運命を。

 この無様な結果を。

 全部私のせい。

 誰のせいでもないわよ。

 私が選んだの、一人で決めて。

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