溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて

   ◇

 翌朝、約束通りミケーレが迎えにやってきた。

 カプリに戻ろうと言う彼と一緒にサレルノの港から船に乗った。

 私はミケーレに内緒でアマンダに、ホテルに置いてきた荷物を送ってくれるように頼んだ。

「大里さんに任せてあるから」

 彼女は特に事情をたずねることもなく、業務の一つとして受けとめてくれた。

 港にあったのは、アマルフィから乗ったのと同じ漁船くらいの大きさのクルーザーだった。

 サレルノからヘリコプターで飛び立てば目立ってしまうという配慮なのだろう。

 雨は上がっていたけれども、まだ波は少し高いようだった。

 ときおり跳びはねるような揺れがあって、私はすぐに酔ってしまった。

 船酔いの薬をもらったけど、すぐに効くわけでもなく、キャビンのソファに横になって耐えるしかなかった。

 ミケーレが心配そうに私の額に手を当てている。

「ごめんなさい」

「船は大丈夫だから、安心して寝てるといいよ」

 私が謝っているのは船酔いのことではない。

 でも、それを彼に説明する気力もなかった。

 何度もこみ上げてきては引いていく吐き気と戦うのが精一杯で、そんな余裕はなかった。

 揺られているうちに眠くなってきた。

 私は彼の手を握って目を閉じた。

 ミケーレ。

 どうして私はあなたを裏切ってしまったのだろう。

 占い師のつまらない予言のままに、詐欺師の罠にはまるなんて。

 馬鹿な私。

 こうしてあなたのそばにいることなんて許されないのに。

 あなたは何も知らないから私のことをまだ愛していると言ってくれる。

 本当のことを知ったら、あなたは私を軽蔑するでしょうね。

 私は愚かだ。

 つまらない失敗をしないと愛を信じることすらできないんだ。

 閉じた目から涙が流れ落ちる。

「大丈夫かい、美咲。しっかりするんだ。もうすぐ薬も効いてくるだろうからね」

 涙の意味を勘違いしている彼の顔を見ることができない。

 目を閉じたまま私は手に力を込めた。

 そんな私の手を彼はしっかりと握りかえしてくれた。

 お願い、離さないで。

 私のミケーレ。

 愚かな私を離さないで。

 私は波に揺られながら、心の中でずっと彼に謝り続けていた。

< 136 / 169 >

この作品をシェア

pagetop