溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 頭の上で、ボーッと汽笛が鳴る。

 船が減速を始めた。

 窓の外にはもうカプリ島が目の前に迫っていた。

 白い石灰岩の壁が剥き出しになった山がそびえて、狭い土地にへばりつくように階段状の街が点在している。

 白い海鳥が一羽旋回していく。

 私はキャビンから甲板に出てみた。

 そよ風に運ばれてくるさらりとした空気が心地よい。

 振り向くと背中には青い空と広い海が広がっていた。

 遙か彼方にさっきまでいたナポリの街がかすんで見える。

 ベスビオ火山には白い雲がかかっている。

 船はゆっくりとマリーナに入っていく。

 港を散歩しているおじさんが私に手を振ってくれる。

 私も大きく手を振り返した。

 そびえ立つ白い岩壁を見上げながら私はこぼれそうになる涙をそっとぬぐった。

 うれし涙なんて、いったいどれくらい久しぶりだろう。

 これがカプリ島。

 私の来たかった場所。

「どうしたんだい、美咲?」

 ミケーレが操舵室から見下ろしていた。

 え、何が?

「とても素敵な笑顔だよ」

 そうだ。

 ここに涙は似合わない。

 接岸した船からタラップが降ろされ、ミケーレが私の荷物を持って先に降りた。

「ようこそ、カプリ島へ」

 差し出された大きな手に、私も手を差し出した。

「グラツィエ、ミケーレ」

「プレーゴ」

 記念すべき私の第一歩。

 生まれ変わるためにやってきたこの国で、あなたに会えてよかった。

 でも、あなたの顔を見てしまうと、それを素直に伝えるのはまだ恥ずかしい。

 そんな私を眺めながら彼が微笑む。

 この世にはこんな夢みたいな場所がある。

 連れてきてくれてありがとう、ミケーレ。


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