溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 ミケーレはナポリからサレルノへ行く途中でわざわざ立ち寄ってくれることもあった。

 ヘリコプターの給油の合間にほんの三十分だけだったけど、むしろそこまでして来てくれるところに彼の誠意を感じた。

「母とは話し合いをしているんだけど、まだ説得はできていないんだよ。本当にすまないね」

「ううん、大丈夫よ。もう、あなたを責めたりしないから」

「僕の愛は変わらないよ。ティ・アーモ、美咲」

「私も愛してる。ティ・アーモ、ミケーレ」

 どうして私はこんなにつくしてくれる彼を裏切ってしまったのだろうか。

 私はおびえていた。

 大里選手に撮られた動画という爆弾がいつ炸裂するのか。

 暴露されれば、私とミケーレの関係に終止符を打たれることになるだろう。

 後ろめたさを寛容さでごまかそうとする私のずるさにミケーレは気づいていないようだった。

 愚かな私をアフロディーテと崇拝する彼にしてあげられることは何もなかった。

 時がたてばなおさら深みにはまっていくだけなのか。

 引き返すなら今なのか。

 結局私は何も決められずにいた。

 生活のリズムがゆったりしているせいか、私は居眠りをすることが多くなっていた。

 昼と夜が逆転気味だった。

 最初のうちは時差ボケの影響かと思ったけど、イタリアに来てから二週間以上たっているからその可能性は低そうだった。

 短期間にいろいろなことが起きたことによる精神的疲労かと思ったりもした。

 実際、動画のことや後ろめたさについて思いを巡らしていると頭がぼんやりしてしまう。

 しかし、そのうち、本格的に体調不良になってきて、あまり出歩く気力さえもなくなってきてしまっていた。

 胸のむかつき、だるさが主な症状で、熱や咳などは出なかった。

 じっとしているだけでやたらと唾液がたまってしまうのも不快な症状だった。

 一週間たっても改善しないので、パオラさんが心配して医者に診てもらったらとすすめてくれたけど、精神的なものだろうからと、私は家にこもって海を眺めながら静養していた。

 そうこうしているうちに、日本へ帰国する予定の日が迫ってきた。

 私たちの関係に進展はなかったし、お母さんの説得や大里選手とのことも解決した問題は何一つなかった。

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