溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 具合を心配してこっそりお見舞いに来てくれたミケーレが、航空券をキャンセルして取り直すことを提案してくれた。

「その日に必ず帰国しなければならないわけではないのだから、体調が良くなってからにしたらいいよ。長距離だからね。ビジネスクラスを用意するよ。フルフラットシートで寝てるうちに日本に着くよ」

 イタリアから日本への直行便にはファーストクラスがなく、ビジネスクラス止まりなのだと彼が申し訳なさそうに説明してくれた。

 それでももちろん元々エコノミーのチケットだったのだし、庶民の私にはとてもありがたい提案だったので、手続きをお願いして素直に受け入れることにした。

 いちおう日本の両親には帰国がのびることを連絡しておいた方がいいかと思って、海外通信の設定をしてスマホを接続してみた。

 たまっているメッセージの内容がヒステリックなものばかりになっていた。

『どうして連絡しないの?』

『なにかあったの?』

『日本大使館に問い合わせるわよ』

『連絡をちょうだい』

 私は帰国をのばすという短いメールを送信した。

 すぐに返信が来る。

『無事なの?』

『大丈夫なの?』

『どこに滞在しているの?』

『お金はあるの?』

『悪い人にだまされたりしてない?』

 否定的な言葉ばかりが並んでいてうんざりする。

 帰る必要なんてあるのかな。

 自分でもあまり気づいていなかったけど、私は親から離れたいと思っていたのかもしれない。

 社会人になる時に会社に近いところで一人暮らしをしたいと思ったことがあるけど、親に話したらものすごく怒られたことを覚えている。

 女の子が一人暮らしなんてとんでもない。

 頭ごなしに否定されて、私は頭の中からその考えを消したんだった。

 遥香にも言われた。

『美咲が一人暮らしなんかしたら、一週間で犯罪に巻きこまれるよ』

 確かに言うとおりだったね、遥香。

 いつだって間違っていてるのは私。

 彼のお母さんと揉め事を起こした私。

 恥ずかしい動画を撮られた私。

 私はどうしていつも他人の予言通りに動いてしまうんだろう。

 自分で決めたつもりなのに、『全部私が言った通りじゃない』と笑われる。

 そんな自分から逃げたくて、そんな予言者達から離れたくて日本を旅立ったのだ。

 なら、私はずっとここにいればいいんじゃないだろうか。

 それはとても良い解決方法のように思えた。

< 142 / 169 >

この作品をシェア

pagetop