溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 日本に戻らなければならないと思うから解決を焦るのだ。

 時間にこだわる必要がないのなら、いっそのことミケーレとの結婚という形式にこだわることもないのだ。

 彼が言い出したことだからそれにとらわれてしまったけれど、お互いに割り切った関係を続けていけばいいだけなのかもしれない。

 アマンダが言っていたように、極端な話、お金だけもらっていればいいのだ。

 結婚しないという意思を明確にして、ただの彼の女友達という立場を守っていれば、私はずっとここにいてもいいのかもしれない。

 それならばエマヌエラさんだって特に反対はしないかもしれない。

 イタリア語を覚えて、何か日本人観光客相手の仕事でもして生活ができるなら、それはそれでありなんじゃないだろうか。

 両親や遥香はそんな私の考えには反対するだろう。

『日本でちゃんとした仕事につかないとだめだ』

『そんなのうまくいくはずがない』

『本当にそんな立場に甘んじていていいの?』

 ……うん。

 いいんじゃないかな。

 少なくとも、あの息苦しく先の見えなかった日本での会社員生活よりは良いような気がした。

 私の心を覆っていた雲がすうっと流れ去って、青空がもどってきたようだった。

 元々目の前には青い海と広い空が広がっていたのだ。

 どうして今までそれに気づかなかったのだろう。

 彼の方が前のめりになりすぎていたんだ。

 私を愛してくれていることはとてもうれしいけれど、一つの形式にこだわる必要はなかったのだ。

 ミケーレから離れることを考えなくて済むようになってからは、精神的にも少し落ち着きを取り戻してきて、体調も良くなったような気がした。

 最初に予定していた帰国日が実際に過ぎてみると、まったく日本に帰る気がなくなってしまった。

 帰りの航空チケットがなくなって吹っ切れたのかもしれなかった。

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