溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 私は少しずつ散歩に出るようになり、パニーニを持ってソラーロ山に歩いて登ることもできるところまで回復した。

 誰もいない山頂から地中海に向かって叫ぶ。

「ティ・アーモ、ミケーレ!」

 いつだったか、彼がヘリコプターで現れたことがあった。

 もちろん、そんな偶然、もう二度とおこらない。

 魔法の呪文を唱えたからといって、あの時に戻れるわけではない。

 でも、これでいいのだ。

 もっと穏やかに、燃え尽くすことなく、ゆっくりと愛を育んでいけばいいのだ。

 私は山頂からパノラマの風景を見回した。

 ソレント半島、真っ青な地中海、眼下の西の灯台、遠くナポリ湾に霞むベスビオ火山。

 私は楽園の頂上に立っていた。

 ここが私の居場所。

 私の来たかった場所。

 私は彼を愛している。

 そして、彼に愛されている。

 今度彼が来たときに、話をしてみよう。

 納得するかどうかは分からない。

 でも、解決を急ぐ必要もないのだ。

 彼の言うとおり、時間をかけてゆっくりと丁寧に説得していけばお母さんの考えも変わるかもしれない。

 なにも変わらないとしても、その変わらない愛をあたためていけばよいだけだ。

 しかし……。

 私はやっぱり私だった。

 そうやって自分で思い描いたストーリーはまた実現することはなかった。

 体調不良が続いていたせいかと思っていたのもあって、大事なことを忘れていたのだ。

 生理が来ていなかった。

 これまではだいたいきちんと周期的に来ていたから、前回から二ヶ月近くも来ないというのは異常だった。

 パオラさんに相談すると、医者を紹介してくれた。

 アマンダに付き添いをお願いして診察してもらう。

 医者から聞いた言葉を彼女が通訳してくれた。

「おめでとう。赤ちゃんですって。ミケーレも喜びますね」

 妊娠……。

 一番最初に思い浮かんだのは、この子の父親のことだった。

 この子の父は二人いるのだ。

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