溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて

   ◇

 できることなら、お腹の中にできた新しい命を笑顔で迎えてあげたかった。

 でも、子供を授かるということは新たな問題の火種でしかなかった。

 その事実を受け止めなければならないのはとても寂しいことだった。

 なによりもまず、この子を授かったことを素直に喜べなかったのが悲しかった。

 また、自分は無職で、生計を立てるあてなどない。

 日本でだってお産はものすごく苦しいはずなのに、言葉も分からない異国で子供を産むなんて、なおさら無理だ。

 そして、父親はどちらなのか。

 生理の周期と性交渉のタイミングを考えればミケーレの子である可能性が高かったけど、大里選手の可能性も捨てきれなかった。

 第一、ミケーレの子供であれば良いというわけでもない。

 それはそれで大変な事態を招くだろう。

 ミケーレの子供ということは財閥の跡継ぎになることを意味している。

 それこそエマヌエラさんが許さないだろう。

 最悪な要求をされるかもしれない。

 一方で、大里選手の子供であっても、それはそれで大問題だ。

 言い訳なんかできるわけがない。

 ミケーレとは別れなければならないだろう。

『馬鹿だよね、美咲は。自暴自棄でやってしまったことが原因で自己嫌悪に陥るなんて』

 言われなくても分かってる。

 こんなはずじゃなかった。

 こればかりは本当に私一人では何も解決できない。

 この子を授かってしまったのだ。

 後戻りはできない。

 なのに、前に進むこともできないのだ。

 いったいどうしたらいいんだろうか。

 アマンダには口止めを頼んだ。

「ミケーレに言えばいいじゃないですか。喜びますよ」

「そんなに単純な話じゃないから……」

 大里選手との関係を説明するわけにもいかず、とにかく自分の口から説明したいと言って押し切った。

 パオラさんはエマヌエラさんに知られると困ることを理解してくれたから、ミケーレには黙っていてくれた。

「とにかく体を大事にしないとね。特に、安定期に入るまでは無理しちゃダメよ」

 出産予定日は来年の五月中旬だった。

< 145 / 169 >

この作品をシェア

pagetop