溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
第2章 カプリの休日
 カプリ島の表玄関マリーナ・グランデには青の洞窟をはじめとした島の周辺を巡る小型遊覧船がたくさん停泊していた。

 しかし、ストライキで観光客の来訪が途絶えたせいか、まるで昼寝でもしているかのように波に揺られているだけで、どの船も開店休業状態のようだった。

 本当はバカンスシーズンの今が一番忙しい時期なんじゃないだろうか。

 ひまそうな街の人たちがミケーレに声をかける。

 狭い島だから地元の人はみんな顔見知りなのかもしれない。

 彼も一言二言陽気に返しながら港のそばにある広場の方へ入っていった。

「さあ、この車で家まで行こう」

 そこに駐車してあったのは日本でもよく見かけるイタリアの小型車だった。

 あちこちにこすったような傷がついている。

 二人乗って荷物を入れたら満杯だ。

 私はそれほどでもなかったけど、背の高い彼には窮屈そうだった。

 財閥の御曹司だから運転手がリムジンで待機しているのかと思ったら拍子抜けだ。

 エンジンをかけると、彼はシフトレバーを切り替えながら車を発進させた。

 石畳の上をガタゴトと車が進んでいく。

 船酔いよりも車酔いの心配をした方が良さそうだ。

 すぐに舗装された道に変わったけど、彼が小型車に乗っている理由がすぐに分かった。

 山の斜面にへばりつくようなカプリの街を登っていく道路は、住宅の間を複雑な刺繍のステッチのように折り返しながら通っていて、車一台分の幅も怪しいくらいなのだ。

 これでは車をきれいに保つのは無理だろう。

 それなのに対面通行の場所もあって、鉢合わせした時にはお互いに後退して道を譲り合わなければならない。

 そしてすれ違うたびに、みながいったん車を止めてミケーレに声をかけていく。

「やあ、ミケーレ、今日はどうしたんだい?」

 彼もグルグルとレバーを回して窓を下げる。

「なあに、お客さんさ」

 ちらりと私を見たおじさんがウインクする。

「ジャポネーゼ?」

「そうだよ。そういえばお母さんの具合はどうだい?」

「元気だよ。嫁とケンカしてるよ」

 そんな調子だから上りも下りもどちらも車の列がつながって収拾がつかなくなる。

 でも、誰もクラクションを鳴らさないし、まるで散歩の途中で通りすがりに挨拶していくような調子で、これはこれでここの流儀らしい。

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