溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 彼女が外に出ていってから、私は英語で話した。

「私もこの子もドナリエロ家に関わるつもりはありませんので。養育費も、将来の相続権もいりません」

「それを信用するわけにはいかないからこそ、契約を結ぶのです。養育費を受け取る代わりに、認知および相続権を放棄するのです。そして、ドナリエロ家の管理の下で生きていくのです」

「ですから、それは受け入れられません」

「契約を結ばずに子供を産むというのなら、こちらにも考えがあります。有能な弁護士ならいくらでもいます。イタリアの法律はイタリア人の味方ですからね」

「この子はミケーレには関係ありません」

「どういうことですか。あなたとミケーレがそういう関係だというのは、今さら隠すことでもないでしょうに」

「この子は大里健介の子だからです。ミケーレの子ではありません」

 エマヌエラさんは、「ハッ」と声を上げて天を仰いだ。

「それはスキャンダルね。パパラッチが喜ぶでしょうよ。彼は終わりね。それに……」

 エマヌエラさんは急に優しい笑顔を見せた。

「そんな話、誰が信じると思うのですか」

「信じようが信じまいが、事実ですから。私はミケーレに内緒で大里健介に抱かれました。私はそういう女なんです」

「それは、ミケーレは知っているのですか?」

「いいえ。不貞をわざわざ告白する女なんていませんから」

「では、ミケーレに伝えておきましょう。あの子があなたをどう思うか……。とても残念ね。でも……」

 彼女は言葉を継いだ。

「サレルノではミケーレをたしなめてくださってありがとう。あの子は誰に似たのか、少し熱くなりやすくてね。冷静さを欠くところがあるのです」

 そして、ふっとため息をついた。

「これからはわたくしも日本語を学ぶべきかもしれませんね」

 そう言い残して彼女は家を出ていった。

 狭い坂道を黒塗りの車が連なって去っていく。

 アマンダも一緒に帰ってしまった。

 膝の力が抜ける。

 私は震える脚を押さえながら窓辺のテーブルまで歩いて椅子に腰掛けた。

 言うだけのことは言った。

 でも、エマヌエラさんは私を許さないだろう。

 ドナリエロ家の総力を挙げてこの子を取り上げるはずだ。

『イタリアの法律はイタリア人の味方ですからね』

 どんな手を使ってもやりぬくだろう。

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