溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 私は気になったことをたずねた。

「なんで、脅迫みたいなことしたんですか?」

「復讐だよ。ささやかな抵抗」

 復讐?

 彼がはにかむ。

「高校の頃にさ、あんたみたいな女の子が好きだったんだよ」

「普通ってことですか?」

「練習の時に、彼女がグラウンドの横の道を通って下校するんだけど、その時だけ意識してでかい声出しちゃったりしてさ。でも、全然俺に興味を持ってもらえなくてね。一度だけ話をしたことがあるんだけど、思い切って好きだって告白したら、信じてもらえないどころか嫌われちまってさ。チャラいサッカー部の男子にからかわれたって思われたんだろうな。それが悔しくてさ。思い出に復讐したくなったんだ」

 俺はそんなにいい人間じゃない、と彼は視線を窓の外に向けた。

「部屋をキャンセルさせてあんたを俺の部屋に誘い込んだところまでは俺の作戦通りだった。ただ、あんたが寝ぼけて他の男の名前を呼んでいるのを見たら、どうでも良くなったってわけさ。あんたとミケーレの間に割り込んでやろうかと思ったけど、最初からそんな隙間なんかなかったんだよ。バスルームから出た時に、あんたがいびきをかいて寝てるのを見て、正直ほっとしたよ。あんたの無防備さが、あんたを救ったってわけさ」

「私も高校の頃、サッカー部のキャプテンを見てました」

 彼がため息をつく。

「あんたに見てもらってたら良かったのにな。最初から運命がずれていたんだろうさ」

「片想いって、いい思い出になりますよね。一度つきあっちゃうと、最後は嫌いになって別れるわけですけど、片想いのままだと、その人のことが美化されて、ずっと好きでいられる」

「そのうち、神格化されていくのかもしれないな」

 そして彼は私に顔を近づけて、耳元でささやいた。

「あんたは俺のヴィーナス、永遠のアフロディーテだ」

 耳に息がかかる。

 身をよじる私を見て彼がにやけている。

「忘れるなよ」

「何をですか?」

「俺は詐欺師だぞ。何もしてないと見せかけておいて、もっとすごくいやらしいことをしてたのかもよ」

「たとえばどんな?」

 そうだな、と彼が目を泳がせる。

「……腕枕とか?」

「エッチ」

「最高の褒め言葉だ」

< 157 / 169 >

この作品をシェア

pagetop