溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 二人だけで残される。

 発車までもう時間がない。

 私はデッキに立ってお礼を言った。

「なにからなにまで、ありがとうございます。どうして、そんなに良くしてくれるんですか」

 彼は視線を冬の夕空に逃がしながら両手を広げた。

「俺は恋愛のゲームを楽しんだだけだって。もともと本気だったはずがないだろ。ただの遊びさ。サッカー選手なんてチャラ男に決まってるじゃないか。サイテーだろ」

 彼の言葉の優しさに思わず涙がこみ上げてきた。

 泣いちゃだめだ。

 笑顔でお別れしなくちゃいけないんだ

「どうした? 平手打ちしないのか?」

 チャラ男がわざとらしく私に頬を向ける。

 平手打ちのかわりにその頬に軽くキスをしてあげた。

「さようなら、嘘つき詐欺師さん」

 でも、ケンスケ……。

 やっぱりあなたは立派な占い師。

 あなたの予言通りだった。

 だって私は……。

 今……、とても幸せだから。

 あなたが幸せにしてくれたから。

 でもそれを口に出してはいけないんだ。

 言ってしまったら彼のついた嘘がすべて無駄になってしまう。

 電車のドアがゆっくりと閉まり始める。

 だめだ涙が止まらない。

 どうしてもこらえることができなかった。

 最後まで嘘をつきとおせなかったのは私の方だった。

 閉まったドアの窓の向こうで彼が手を振っていた。

 ずるい男。

 どうしてそんな素敵な笑顔で私を見つめているの?

 彼の口が動く。

 声は聞こえなくても気持ちは伝わる。

 ア・イ・シ・テ・ル。

 それは彼にふさわしい最高にチャラいセリフだった。

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