溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 歩いた方が早いんじゃないかとあきらめているうちに、なんとか丘の上の街までやって来た。

 広場というよりは建物の隙間といった方が正しいような場所に華やかなお土産屋さんやカフェが並んでいる。

 でも、やっぱりほとんど人はいない。

 八月にこれでは経済的にも大打撃なのではないだろうか。

「観光客はいないみたいね」

「もう一週間になるからね」

「ストライキが?」

「ああ。チャーター船で団体客が来るけど、青の洞窟は入れないから、島を一周する遊覧船で観光をしたら、みな対岸のソレントやアマルフィに行ってしまうんだ。だから滞在している観光客はほとんどいないね」

 青の洞窟に入れない?

 どういうこと?

「青の洞窟に入れないのもストライキの影響?」

「違うよ。最近は海面が上がってきたのか入り口が水没してしまっていて、よほど条件が良くないと入れないんだよ。最近は、もう半年くらい閉鎖されているね」

 なんだ、そうなのか。

 せっかくここまで来たのにな。

 ミケーレがハンドルを握ったまま私の方を向いた。

「大丈夫。他にももっと素晴らしい場所がいっぱいあるから。がっかりしないでよ」

 私は彼の言葉を信じることにした。

 彼が親指を立てる。

「似合うよ」

 え、何が?

「笑顔が」

 どうやら自分でも気がつかないうちに笑顔になっていたらしい。

 狭い空間で密着しているせいか、なんだか緊張してしまう。

 変に鼓動が高まる。

 私は胸に手を当てた。

 さっきまでは、チョイ悪チャラ男がまた言ってるくらいにしか思わなかったのに、どうしたというのだろう。

 彼のそういう言葉を待っている自分を意識してしまう。

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