溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
◇
ミラノに到着して、空港でドバイ行きの搭乗手続きをする。
大行列のエコノミークラスのカウンターを横目にレッドカーペットを歩く。
ファーストクラス専用カウンターは並ぶ必要さえなかった。
羨望の視線を感じるけど、サレルノのパーティーと違って写真を撮られたりインタビューされるわけじゃないから気後れはしない。
アマンダは上機嫌だ。
「久しぶりに日本に行きたかったんですよ。しかも、交通費まで出してもらえるんですからね。最高の上司ですよ、大里さんは」
搭乗してすぐにウェルカムドリンクを勧められる。
私はオレンジジュース、アマンダはシャンパンだ。
アマンダが個室席のパーティションを下げて、グラスを差し出した。
「とりあえずファーストクラスに乾杯」
「ビールじゃないけどね」と私が応じると、ちょっと口をとがらせる。
「あ、それ私が言いたかったのに」
離陸して水平飛行になった時に、着替えを案内された。
エコノミーの庶民なので知らなかったけど、ファーストクラスでは自分の家のようにくつろいで眠れるように、ナイトウェアに着替えるのだそうだ。
そのためなのか、ファーストクラスキャビンの専用トイレはエコノミーの二倍広くて、ちゃんと着替え用の台まで用意されていた。
でも、アテンダントさんが持ってきてくれたナイトウェアを見たアマンダが顔をしかめる。
「これ、ドナリエロ・グループのファッション・ブランドですよ」
「気にしなくたっていいじゃない、それくらい」
「こういうのを、日本のことわざで『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』っていうんですよね」
そんなことわざ、実際に使う機会が来るとは思わなかった。
アマンダが笑う。
「私、最初、お坊さんは人格者だから、憎くても今朝までには仲直りできるっていう意味だと思ったんですよ」
ああ、『ケサ』だけにね。
「そもそもお坊さんがケンカしちゃだめですよね」
そう言って肩をすくめるとアマンダは、どこで買ったのかタレ目のかいてある変なアイマスクをつけてフルフラットベッドに横になった。
パーティションを閉めて私も横になる。
仲直り……か。
そうやって私たちも仲直りできたらよかったのに。
ミケーレ……。
ううん、違う。
あなたのことを嫌いになったわけじゃないわよね。
ただ、一緒にいることができなかっただけ。
やっぱり私たちの世界は二つに分かれていたのよ。
もう、いいじゃない。
振り返るのはやめよう。
私が決めれば、私の思うように世界は動いていく。
私のおなかの中で、新しい命が育っている。
この子と一緒に生きていく。
この子の居場所。
そこが私の楽園。
さよならイタリア。
さよなら私のミケーレ。