溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 少し離れて様子を眺めていると、私に気づいた彼が頭の上に札を掲げて大きく手を振った。

「美咲! 僕だよ!」

 分かってるわよ。

 恥ずかしいから逃げようとすると、女の子達をかき分けて彼が追いかけてきた。

「どうしたんだよ、美咲!」

 じろじろ見られて恥ずかしいのよ。

 ひそひそ話が聞こえてくる。

 もしかして、あの人が美咲さん?

 アモーレの人?

 ティ・アーモの相手?

 お腹が大きいね。

 まわりの人たちが私たちにスマホを向け始めた。

「美咲! 待ってくれよ!」

 走って逃げるわけにもいかないし、私はあきらめて周囲の視線に耐えていた。

 向かい合った彼は変わらぬ笑顔を私に向けてくれた。

 それはあのナポリの港で初めて会ったときの笑顔そのままだった。

「さがしたんだよ、美咲」

「ずいぶんモテモテね」

「言っただろ。日本の女の子はみんな親切だって。僕に協力してくれたんだよ」

 確かにそのおかげでこうして会えたわけですけどね。

 でも、ちょっと納得いかないな。

 ミケーレは私の手を取ってさすりながらたずねた。

「体調はどう?」

「うん、順調」

「この何ヶ月か、君のいなくなったイタリアで僕はさびしい思いをしていたんだ」

「ごめんなさい」

「君のいないこの世にはなんの意味もないよ。仕事も会社も財産もなんの意味もなかったよ。僕が欲しいのは君だけだ」

 彼は興奮気味にしゃべり続けた。

「君は僕のヴィーナス、僕のアフロディーテ。君がいなければイタリアの空も日本の桜もみな色あせてしまうんだ。お願いだから、僕の世界からあらゆる色彩を奪わないでくれ。どこにも行かないでくれよ。僕のそばにいて欲しいんだ」

 まわりの人たちが私たちを遠巻きに眺めている。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。

 それなのに彼はお構いなしだ。

 ほんと、イタリアの男って、どうなってるんだろう。

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