溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
「ほら、あれが君が予約していたホテルだよ」

 白い壁に流麗な文字で『ヴィラ・レッジーナ・マレスカ』と書かれた建物の前を通り過ぎる。

「さっき秘書が電話しておいたから心配ないよ」

 あのホテルは朝食付きで一泊二万円くらいだったから、その分をただで泊めてもらえるのは正直ありがたい。

 車が狭い街を抜けた。

 ミケーレの家はこの街ではなく、もう一段上の地域にあるらしい。

 正面に白い絶壁が立ちはだかる。

 船から見た石灰岩の山だ。

「すごいだろ。ソラーロ山だよ」

「とてもきれいね」

「リフトで頂上まで上がれるんだ。パノラマの景色が楽しめるよ」

 道が広くなってミケーレは車を加速させた。

 エンジンをうならせながら小型車が坂道を登っていく。

 右手の眼下に青い海が見える。

「古代ローマ時代の人たちはこの道を歩いて登っていたんだよ」

 軟弱な現代人にはとても真似できそうにない。

 ソラーロ山の白い岩壁を大きく迂回しながら車はもう一つの街に到着した。

 アナカプリと呼ばれるこの地域には警察やバスターミナルがあって、広場には客待ちのタクシーも何台か止まっていた。

 でもやっぱり観光客はいないみたいだ。

 運転手さんが新聞を細く折りたたんであくびを隠している。

 学校の前でミケーレが車を止めた。

 校門から出てきた子供達が手を振りながら道を渡る。

 おしゃれなリゾート地にも生活がある。

 ボンジョルノ。

 おじゃまします。

 学校の少し先を曲がって小道に入ると、太い松の並木道を抜けたところに白い壁に囲まれた区画が現れた。

 ゆるい下り坂になっていて、低い壁の向こうに青い地中海が広がっているのが見える。

 鉄柵の閉じた門がある。

 車が近づくと自動的に開き始めた。

 ミケーレは車を敷地の中に入れた。

 珊瑚を砕いたような白くきらきら光る素材で舗装された通路の両側にきれいに剪定された樹木が並んでいる。

 庭園の中を車がゆっくりと進んでいく。

 池と噴水、テニスコートにプールまである。

 敷地の一番奥に白い壁の建物が見えてきた。

 どう見てもリゾートホテルだ。

「これが別荘なの?」

「まあね」


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