溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 建物正面の車寄せには中年の夫婦が立っていた。

 ミケーレが車を止めて外に出ると、エプロンを着けたおばさんが両手を広げて出迎えた。

「ミケーレ、どうしたの? 突然来ると言うから驚いたわよ」

「パオラ、お客さんを連れてきたよ」

 小さな車を回り込んでミケーレがドアを開けてくれる。

 正直なところ、慣れないイタリアの車で、ドアの開け方が分からなくて困っていたのだ。

 私も車の外に出ると、パオラさんがにこやかに出迎えてくれた。

「ジャポネーゼ、シニョリーナ、ようこそ。自分の家みたいにくつろいでくださいね」

「ミサキです。ボンジョルノ、グラツィエ」

 管理人ご夫妻は私でも分かる簡単な英語で会話をしてくれた。

 パオラさんの夫はとても日に焼けていて、ジュゼッペさんというそうだ。

 おじさんは挨拶を済ませると、庭仕事の途中だからと裏庭の方へ行ってしまった。

 どうやらこのすばらしい庭園全てを一人で守っているらしい。

 ミケーレが車から荷物を取り出してくれた。

「さあ、どうぞささやかな我が家だけどね」

 さっそく中に招き入れられると、そこは驚きの連続だった。

 百人くらいのパーティーができそうなホールの壁にはルネサンス時代のイタリア絵画が飾られていて、ミケーレの話ではすべて本物らしい。

「まあ、イタリアだからね。イタリアの絵画があっても不思議じゃないさ」

 いやいや、ルネサンスの絵画でしょう。

 一枚が億単位じゃないの?

 ホールの奥には裏庭が広がっていて、正面は地中海だ。

「すごい。きれいな海」

「君に丸ごとプレゼントするよ」

「まるでローマの皇帝みたいね」

「じゃあ、君はクレオパトラだね」

 こんなに鼻が低いのに?

 それこそ世界が変わっちゃうじゃないのよ。

 庭に沿って回廊が巡らされている。

 大理石の柱の間にローマ時代の彫刻が並んでいる。

 学校の美術室で見かけたような青年の胸像もあれば、ブロンズ製の全身像もある。

 その中でも、片方の胸をはだけてひときわ華麗な衣装を身にまとった女性の像が目立っていた。

「これは何の彫刻なの?」

 ミケーレがわざとらしくウインクする。

「君だよ、美咲」

 どういうこと?

「美の女神ビーナス。ギリシア神話のアフロディーテだからね」

 つまらない冗談。


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