溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 決定的だったのは、四月からの新しい配属先だった。

 私はもちろん入社以来ずっとボディケア部門への配属を希望していた。

 三年間あたえられた職務をこなしながら待っていたのに、新しい配属先は食品部門だった。

 前任者の中島さんは、シンプルなクラッカーにこれまた普通のジャムをはさんだだけのあまりにもシンプルなジャムクラッカーが大ヒットして、テレビの取材などにも応じて忙しそうだった。

「イチゴ味とレモン味、これにもう一つ、新しい味を加えるのが神楽さん、あなたの仕事だからね。三本柱で売上倍増!」

 中島さんの個人的趣味で始めた企画を任されて、私は途方に暮れてしまった。

 まったく興味のない分野だったし、中島さんは次の企画、『ご飯にかけるレトルトシチューシリーズ』の開発に夢中で全然相談に乗ってもらえなかった。

 仕事から帰ってきてお風呂にゆっくり浸かっていても、あんなに愛用していたボディケア用品を見ると、急に貧血を起こしたようなめまいを感じるようになってしまっていた。

 会社なんてそんなものだということくらい分かっている。

 私だってそんなに子供じゃない。

 でも、このまま続けていたら自分がどうなってしまうか分からない。

 私は生まれて初めて決断をした。

 大学も会社も、親とか友達に認めてもらいたくて頑張って決めてきた。

 今思えば、自分の本当の気持ちとは違っていたのに、まわりの評価ばかりを気にしていたから、それに気づかなかったのだろう。

 順風満帆にレールに乗ったままだと気づかないこと。

 それだって、いつもの電車を一つやり過ごすだけでいい。

 目の前で発車したばかりのあの電車の中にいた、苦痛の表情を浮かべる人たちが昨日までの私だったのだ。

 それに気づいてしまったら、あとは迷う必要なんてないじゃない。

 心も体も悲鳴を上げていて、私は自分に素直になろうと思った。

 レールから外れてみれば、電車は勝手に去っていく。

 でも、別の電車を待てばいいだけだ。

 それが来なくても、歩けばいい。

 電車の中の人は線路沿いを歩く人を笑うだろうか。

 関係ないんだ、お互い。

 なんで今までしがみついていたんだろう。

 八月のお盆休み明けに旅立つために準備を始めた。

 実家暮らしだったおかげで貯金はあった。

 反対されて揉めるのがいやだったので親には相談しなかった。

 まず最初に、イタリア行きの航空チケットを購入した。

 ネットでやってみたら、意外と簡単に手続きできたし、ホテル予約も日本語で全部完了できた。

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