溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 ベッドに腰掛けて呼吸を落ち着かせていると、外で音がした。

 ヘリコプターの音だ。

 建物の上を旋回しているらしい。

 私も立ち上がって三人で裏庭へ出た。

「美咲、すまない。僕はいったんサレルノへ行かなければならないんだ」

 どうやら彼を迎えに来たらしい。

「お仕事?」

 ミケーレがうなずく。

「本当にすまない。せっかく君と素敵な一夜を過ごしたかったんだけどね。今日は元々、外せない用事があったものでね。重要な契約なんだ」

 素敵な一夜という言葉をさらりと入れてくるところがほほえましい。

 本当はナポリからサレルノまで高速船で戻るつもりだったのを、私のためにわざわざ予定を変えてくれたのだろう。

 だから時間がなくなってヘリコプターまで呼ぶことになったらしい。

 いったいいくらの費用がかかっているんだろうか。

 請求書なんか回ってきたら目が回ってしまいそうだ。

 リモンチェッロで酔ったふりをして笑ってごまかすしかないだろうな。

「そんなに忙しい時に、私のためにここまでしてくれてこちらこそありがとう」

「僕は明日の夕方には戻れると思うから、一緒に夕食を楽しもう」

「ええ、楽しみにしてるわ。グラツィエ、ミケーレ」

 私は背伸びをして軽く頬にキスをした。

 ほんのちょっとしたお礼のつもりだった。

 ミケーレはそれ以上求めようとはしなかった。

 その代わり、私の頬を両手で優しく包み込んでじっと私の目を見つめた。

「イタリアの男には気をつけなくちゃだめだよ」

 ミケーレは裏庭から外へ出ていった。

 すぐ隣がヘリポートになっているようだ。

 私はパオラさんにたずねた。

「あれもミケーレの物なんですか?」

「ヘリポートは観光客も遊覧飛行に使う公共のものよ。ヘリコプターは彼の会社の物だけどね。自分で操縦もするわよ」

 それは怖いな。

 乗せてあげるよと言われても断ろう。

 いつのまにかすっかり日も傾いてきていて、夕焼けの光に包まれたカプリ島をヘリコプターが飛び立っていく。

 ガラスに光が反射して操縦席の様子は分からないけど、私は爆音と風圧に圧倒されながら彼を見送った。

 西側にあるヘリポートから東側へ向かって彼のヘリコプターが消えていく。

 海を隔てたソレント半島が真っ赤に燃えるように輝いていた。

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