溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 お皿を下げに来たパオラさんにたずねた。

「これはパオラさんの手作りですか?」

「ええ、そうですよ」

「今まで食べた中で一番おいしいジェラートです」

 おばさんは満面の笑みを浮かべている。

「朝昼晩、いつでも言ってくださればお出ししますからね」

 食後にまたエスプレッソをいただいてミケーレとの夕食が終わった。

 すっかり暗くなった裏庭の芝生を横切ってローマ遺跡の見張り台まで散歩する。

 昨日はなかったガーデンテーブルが置かれていて、淡い光を放つランプとよく冷えたシャンパンがのっている。

 ジュゼッペおじさんが用意してくれたのだろうか。

 ミケーレがボトルを持ち上げる。

「それもあなたの会社で作っているの?」

 彼が片目をつむる。

「フランスのシャンパンだよ。日本では『ドンペリ』だっけ?」

 柔らかい音と共に栓が抜かれ、グラスに注がれる金色の液体に優しい泡が立ち上る。

「二人の出会いに」

 彼がそっとグラスを触れあわせる。

 それはとても甘いキスのようで、澄んだ音が闇の中に溶け込んでいった。

 私たちは見張り台の石壁にもたれながら星空を見上げた。

 ミケーレが日本の思い出を話し始めた。

「美咲は秋田の角館に行ったことはあるかい?」

 私は軽く首を振った。

「僕は日本のいろいろなところで桜を見たけど、あれほど美しい桜は他にないと思ったよ」

 ミケーレが不思議なことを言い出した。

「あの桜を見たとき、僕はいつかとても大切な人に出会えるんじゃないかと思ったんだ」

 彼がグラスで顔を半分隠しながら私を見つめる。

「初めて日本の桜を見たとき、僕は一人だった。今度は君と二人で見てみたいよ」

 いつかそういう時が来るんだろうか。

「この世には美しいものがたくさんある」

 彼はもう一度私とグラスを触れあわせた。

「でも、君が一番だよ」

「桜じゃないの?」

「君と一緒にいればもっと世界が輝いて見えるんだ。君は世界を幸せにする香辛料なんだ」

 イタリアの男の甘い言葉にもだいぶ慣れてきた。

 私はただ黙って星空を見上げていた。

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