溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 私たちを出迎えてくれたのは庭園に並ぶ大理石の女神像達だった。

 ギリシア風の三美神に胸をあらわにした乙女達。

 昨夜ミケーレに愛された時のことを思い出して顔が熱くなる。

「ここもあなたの家なの?」

「いや、ここはホテルだよ。アメリカの映画女優も宿泊したことで有名らしいよ。君のために貸し切りにしたんだ」

 さらりと言うけど、またいくら使ったんだろう。

 一歩歩くたびにお金の音が聞こえてきそうで落ち着かない。

 円が重なり合ったエンブレムのついた黒塗りの車が三台並んでいる。

 黒服の男性がドアを開けて待っている。

 私たちが乗り込むと、その人が運転席に座った。

 私はミケーレに耳打ちした。

「ここでは自分で運転しないの?」

「ドイツの車は運転しにくいからね」と真顔で言ってからウィンクする。「ふだんは運転しないんだよ。カプリにいる時だけかな。セキュリティとか、いろいろ問題もあるからね」

 車が動き出す。

 ホテルの敷地を出た時には、同じ黒塗りの車が前後をはさむ隊列ができあがっていた。

 あらためてミケーレの背負っている物の大きさを思い知る。

 高級車が通るには狭い道なのにかなりのスピードで坂を下っていく。

 ある意味ヘリコプターよりもこわい。

 ミケーレが私に腕を回して肩を抱く。

 私はおとなしく彼の胸にもたれかかっていた。

「これからどこへ?」

「アマルフィだよ。少し散歩でもしよう」

 何度折り返したか分からないくらい続いた坂が終わって海沿いの道に出る。

 左手側に広がる海を眺めていると少し落ち着く。

 前方の急なカーブでバスが鉢合わせしていて、お互いに後退したり脇に寄せたりしながらやり過ごそうとしている。

 バスのミラー同士がぶつかり合っても、運転手さんたちは全然気にしていないようだ。

 このあたりはどこも道が狭いらしい。

 カプリの街中の細い道と違って、ガードレールの下は断崖だ。

 ミケーレが運転しない理由も分かる気がした。

 車列はようやくアマルフィの市街地に入った。

 海に面した小さなロータリーを回ったところで車が止まった。


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