溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 アマルフィの街は谷に挟まれていて、奥へ行くほどどんどんせまくなっていく。

 観光客がジェラートを持って歩いている。

 私がその姿を目で追っていると、ミケーレが顔を寄せてきた。

「君も食べるかい?」

 答える前に彼はすぐそばのカフェの店先にいる店員に話しかけていた。

「何がいい?」

「じゃあ、ピスタチオで」

「美咲はピスタチオ・マニアだね。他のフレーバーは? 何種類でも試せるよ」

「ピスタチオだけでいいの」

 オーケイと笑いながらミケーレは店員さんに注文をしてくれる。

 彼の持つコーンにはミルクとチョコナッツとパッションフルーツの三つのフレーバーがとんがり帽子のように立っていた。

「あなたは甘い物が好きね」

「イタリアの男はだいたいそうだよ。恋もジェラートも」

 ああそうですか。

 だいぶ受け流せるようになってきた。

 少し通路が開けたような場所に出た。

 せまい広場の中央に涼しげな音を奏でる泉がある。

 私たちはその石組みの縁に腰掛けてジェラートを食べた。

 黒服の人たちが広場の四隅や奥の道路に立っている。

 ずっとこうして監視されている生活は息が詰まる。

 ミケーレの話では、目立つ服装にしているのは警護していることをあえて印象づけるためらしい。

 どう考えても私たちの生きている世界は違うんじゃないだろうか。

「ほら、美咲、味見しなよ」

 ミケーレがパッションフルーツジェラートをすくってスプーンを突き出す。

「自分のがあるから」

 私が断ると、彼は肩をすくめた。

「日本の女の子はアーンってすると喜ぶんじゃないのかい?」

「大人の女性は違うのよ」

「どうしたんだい。不機嫌だね」

 単純に、護衛の人たちに見られているのが嫌なのと、見知らぬ観光客にも遠巻きに写真を撮られているから恥ずかしいだけだ。

 やはり世界の違いをすりあわせるのは難しいのだろうか。

 せっかくのジェラートの味なんて分からない。


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