溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 不意に、昨夜のことがよみがえる。

 ほとんど記憶はないけれど、足をつるほどの快楽だったことは覚えている。

 どれほどわたしを愛してくれているか。

 何度も繰り返しお互いの名を呼び、求め合った。

 私は自分の叫び声で時々我に返り、素面の私を再び彼が快楽の淵に引きずり込むのだった。

 男と女の本質的な感覚が刺激され、お互いの相性に惹かれ合う。

 その気持ちはまぎれもなく本物だった。

 一夜を過ごしたことでそれは充分に伝わった。

 だけど、どうしても素直になれない自分がいる。

 本当はうれしいはずなのだ。

 なのに……。

 どうしてあなたはあらゆる点で私と反対の場所にいるの?

 ジェラートが溶け出し、だらしなく垂れ落ちる。

 せっかくのドレスの裾を汚してしまった。

「ごめんなさい」

「いや、心配しなくても大丈夫だよ。どうしたんだい。具合でも悪いのかい?」

「あなたのことを考えていたから」

 ミケーレが私の頬に口づける。

「僕も君のことを考えていたよ」

 違う。

 全く違うことを考えていたのよ。

 お互いが違いすぎること。

 それを考えていたのよ。

 幸いウェットティッシュで汚れを揉み出したらほとんど目立たなくなった。

「器用だね」

 庶民だから。

 ……とは言わないでおいた。

 私はよく食べ物をこぼす。

 行儀が悪いと怒られたものだけど、決して食べ方が汚いわけではない。

 でもなぜか、ぽろりと箸から唐揚げが落ちたりするのだ。

 遥香に言わせればぼんやりしているからということらしい。

 おかげで汚れの落とし方についてはいくつもの方法を知っている。

 ……つまらない特技だ。

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