溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 私たちは泉の広場から路地裏に入って狭い階段を上った。

 ミケーレが先に歩いていく。

 でも、その先には黒服の護衛の人がいる。

 ミケーレの行く先を知っているということは、この小道は彼がよく通るところなのだろう。

 私以外の誰かを案内したことがあるから、ということなのだろうか。

 それはもしかすると今まで関係した女性なのかもしれない。

 もちろんいい歳したイタリア男に過去の恋人の一人や二人どころか十数人いたところで驚きはしないし、嫉妬もない。

 昨夜の愛し方がなによりもその経験値を物語っている。

 それなのになぜだろう。

 ずっとネガティブな感情ばかりわいてくる。

 どうして私は彼を否定するようなことばかり考えているんだろう。

 かなり急な階段が右へ折れ左へ曲がり、山を向いていたかと思えば正面に海が顔を出し、街全体が迷路のようだ。

 軽いめまいを覚えるような混乱に耐えながら彼の後をついていく。

 突然彼の背中にぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさい」

「大丈夫かい。ほら、着いたよ」

 その瞬間、教会の鐘が鳴り響く。

 目の前にさっき見た大聖堂の屋根がある。

 アマルフィの街を見渡す高台に来ていたのだ。

 鐘の音は谷間を何度も往復しながら反響しあい、複雑な音色を響かせながら世界遺産の街に溶け込んでいく。

「いい眺めだろう。それに落ち着くだろ。ここはあまり観光客も来ないからね」

「ありがとう、ミケーレ」

 彼は少しほっとしたような表情で私の肩に手を置いた。

 私も彼にもたれかかって鐘の音に耳を傾けていた。


< 58 / 169 >

この作品をシェア

pagetop