溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
◇
車でラヴェッロに戻る。
貸し切りにされたホテルには人の気配はなく、藤棚の淡い影に覆われた回廊に並ぶギリシア彫刻が私たちをテラスにいざなっていた。
超高層ビルの最上階に匹敵するほどの断崖に張り出すように作られたテラスからはアマルフィ海岸の絶景がどこまでも続き、小鳥たちのさえずりをのせながら爽やかな風が吹き抜けていた。
ちょうど今は太陽の位置に雲があって日差しが遮られている。
私たち二人だけのためにテーブルが用意されていた。
庭園を背にして海を正面にしながら並んで席に着く。
ミケーレが顔を寄せてくる。
「シャンパンでいいかな?」
「あなたはもうヘリコプターの操縦はしないの?」
「ああ、食事の後はサレルノで仕事があるんだけど、車の運転は運転手に任せるからね」
「じゃあ、大丈夫ね」
「今夜は一人にさせてすまないね。美咲は船でカプリまで送らせるから」
ミケーレがわざとらしくウィンクする。
「それともヘリコプターの方がいいかな」
ゆっくり海を眺めたいからと、船をお願いしておいた。
シャンパンが運ばれてきた。
繊細な泡の立ち上るグラスに彼の顔が映る。
「僕らの愛に乾杯」
天使の鳴らす鐘のように祝福の音色が響く。
最初の皿が運ばれる。
濃厚なエビの出汁にイカやアサリなどの海鮮が盛りだくさんのスープだ。
あぶった白身魚にスープが染みこんでいておいしい。
ミケーレはパンをちぎって浸して食べている。
ロンドンで遥香と食べたローストビーフのソースがおいしくて私もそうしたら、「田舎者だと思われるから止めなよ」とたしなめられたことがある。
彼のような上流階級の人がやるとは意外だった。
「日本ではお行儀が悪いって言われることもあるわよ」
「まあ、場合によるね。今は僕ら二人のプライベートだから。それに……」
彼がちょっと寂しそうな表情を見せた。
「まだ僕に『エンリョ』なんてしてるのかい?」
私もパンをちぎってスープに浸してみた。
「これが一番おいしい食べ方ね」
「そうだろ」と彼が笑う。