溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 しかし、次の一瞬、急にミケーレが黙り込んだ。

「ねえ、美咲……」

 めずらしく言い淀んでいる。

 私は彼の言葉を待った。

 彼はスプーンでスープを一口飲んでからようやく続きを言った。

「明日サレルノで、リーグ開幕前のチームのパーティーがあるんだ。そこで君を僕のパートナーとして御披露目したいんだけど、どうかな?」

「パートナーって?」

「つまり、フィアンセということさ」

 フィアンセ。

 婚約者。

 言葉が重くのしかかる。

 世界が違いすぎるし、結婚ということになると、私たち二人だけの問題ではなくなる。

 彼のパートナーになるということは、イタリアで暮らすことになるだろうし、イタリア語を学ぶ必要もあるだろう。

 簡単にはいかないことがあまりにもはっきりしすぎていた。

「どうかな、美咲」

 私は返事ができなかった。

「君の返事を聞かせてくれよ」

 確かに私は彼を愛している。

 でも、今すぐに受け入れられる話ではない。

 それを伝えればよいだけなのに、口が開かない。

 自分の意思を伝えようとすると体が硬直してしまう。

「あの、あまりにも急なことで」

「でも、僕らの愛は本物だろう?」

「それはそうだけど……」

「だけど?」

『自信がない』という言葉を言う自信がない。

 さまざまな想いや言葉が浮かんできては消えていく。

「美咲?」

 え?

「どうしたんだい? 怒っているみたいじゃないか」

 いつの間にか険しい顔になってしまっていたらしい。

「ちょっとまぶしかっただけよ」

 太陽は相変わらず雲の陰に隠れている。

「海がきらきらしていて……」

 結局、私は返事をすることができなかった。


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