溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 するとエマヌエラさんは笑みを浮かべながら語り始めた。

「我がトリコンテ家はラヴェッロ総督を務めた貴族の家柄です。ミケーレの父のドナリエロ家も千年前にサレルノ大学創設に関わった名門の出です。そして今は百以上の会社を束ねる財閥の経営者であることはご存じですね」

 はあ、そうですか。

 すごすぎて感想なんて何もない。

「お分かりかしら。あなたのような下々の人とは住む世界が違うのです」

 ミケーレが口を挟もうとするのをにらみつけて制する。

「あなたの結婚相手は、ふさわしき家柄のお嬢さんを、このわたくしが選びます」

 そして私の方を向き直ってはっきりと告げた。

「お食事が済んだらお引き取りください」

 あまりにもはっきり言われると逆にスッキリする。

 というよりも、私が感じていたことそのものだった。

 釣り合わないんだ。

 言われるまでもなく、私とミケーレが出会ったこと自体、間違いだったのだ。

 キューピッドの矢が気まぐれな地中海の風に流されて、間違って当たっただけなんだ。

 変な夢を見てしまっただけ、ただそれだけのこと……。

 言われているのはひどい侮辱だけど、私はお母さんに感謝していた。

 ここで別れてしまえば、重荷から解放される。

 思い出だけを胸に帰国して、またいつもの生活に戻ればいい。

 夢から覚めるいいきっかけを与えてくれたようなものだった。

 黙っている私との間にミケーレが割って入る。

「待ってくれ、母さん。美咲は僕のお客さんだよ。僕がカプリ島に招待したんだ。追い出すなんて失礼じゃないか」

 エマヌエラさんは彼の言葉にうなずいた。

「そうですね。あなたの言う通りです、ミケーレ」

 そう言うとお母さんは私の方を向いて東洋風にお辞儀をした。

「遠い異国の旅人であれば宿を提供するのは尊いおこないでしょう。いくらでも滞在するといいでしょう」

 今さらそんなことを言われても、素直に受け止められるわけもない。

「ですが、ミケーレとの交際は一切認めません。二人だけでいるところを見つけたらすぐに追い出しますからね。身の程を知りなさい」

 ミケーレが両手を広げてイタリア語で反論した。

 思い切り巻き舌で長々とまくし立てている。

 おそらく私に聞かせたくない内容なのだろう。

 お母さんは時々ノン、マイと首を振ったりしながら、イタリア語で答えている。

 私はただ首を引っ込めて黙っているしかなかった。

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