溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 違うでしょう。

 あなたは全然反対のことを言ってたじゃない。

 言葉が気持ちを伝えるのには不完全だから、私たちは愛し合うのだと。

 愛し合うことで愛を確かめ合うのよ。

 でも、もうそれも無理なのよ。

 お願いだから分かって。

 お願いだから……。

 彼が視界の中でぼやけていく。

 涙が頬を伝って落ちていく。

 大里選手がミケーレに日本語で声をかけた。

「今夜は話しても無駄だろう。まずは彼女を落ち着かせた方がいい。君も頭を冷やせ」

 ミケーレが荒い息をしながらうなずいた。

「俺がホテルまで車で連れていくから、アマンダ、君が連絡して部屋を手配しておいてくれ。俺のホテルは分かるだろう?」

「かしこまりました」

 大里選手がミケーレに言った。

「君はまだパーティーを抜け出すわけにはいかないだろう。早く戻るんだ」

「ティ・アーモ、美咲」

 ミケーレは私と頬を触れあわせてから大ホールに戻っていった。

「イタリアの男を興奮させるなんて、あんたもなかなかの女だな」

 大里選手が彼の背中を見送りながら、私にハンカチを差し出す。

「すみません」

「鼻水ふいてもいいぞ。遠慮するな」

 私は彼に肩を抱かれながら玄関ホールを後にした。

 車寄せに止められていたのはフェラーリだった。

 カプリの車の二倍くらい大きいのに、助手席に座るのが一苦労だった。

 ヒールが引っかかって脱げてしまった。

「イタリアの車って、どうしてこんなに乗りにくいんでしょうね」

「女をセクシーにするためだろ」

 どういうこと?

「裾、直せよ」

 ヒールが脱げただけでなく、ドレスの裾までまくれ上がっていることに気がつかなかった。

 思わず顔が熱くなる。

 運転席でニヤついている大里選手がエンジンをスタートさせた。

 野獣の咆吼のような音が背中に響く。

 エンジンが後ろにある車なんて初めてで驚いた。

 車が動き出す。

 思ったよりゆっくりだ。

「こんな車に乗るのは初めてです」

「俺もだ」

 え?

「そうなんですか」

「ああ、ミケーレのものだからな」

「借りてるんですか?」

「チームが送迎車を手配するまで使ってくれってさ」

< 86 / 169 >

この作品をシェア

pagetop