溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 昨夜は暗くて分からなかったけど、ホテルのテラスはサレルノ湾に面していて、すぐ目の前にはヨットハーバーがある。

「いい眺めだろ。俺はもう一週間ここに滞在してるんだ」

 彼はさっそくステーキに手をつけている。

「朝からステーキですか?」

「べつに変でもないだろ。ベーコン食べる人がいるじゃないか。ハムエッグとか。俺はヒレステーキの方が体質に合うんでね」

「パスタも?」

「練習でエネルギーを使うから炭水化物は欠かせない」

 サラダや果物などもまんべんなく食べている。

 昨夜のスーツ姿と違って、今朝はラフなTシャツとトレーニングパンツ姿だ。

 これだけ食べているのに贅肉がいっさいついてない筋肉質な体だ。

 食事の時にもしっかりと背筋が伸びている。

 ナイフとフォークを持つ腕の筋肉のラインをたどっていると目が離せなくなってしまった。

 原始的な狩猟民族が作った武器のようにシンプルでナチュラル、そして機能的な美しさを備えた肉体だった。

「これからすぐにトレーニングですか」

「まあ、ストレッチからね。俺もトシだから」

「え、おいくつなんですか?」

「三十だよ。サッカー選手としては下り坂だね」

 嫌味のつもりでオジサンとは呼んだけど、実際には若々しい肉体で、とても下り坂とは思えない。

「怪我なんかしたら億単位の迷惑をかけるからね」

「そんなに?」

「俺くらいのクラスになると、怪我一つでそうなるね。ただのスポーツじゃなくて、いつのまにかすっかりビジネスのレベルに変わってしまったからね。俺と関係のないところで大金が動いてる。年俸以外にもスポンサーとか日本代表とかマスコミとか、いろんなしがらみがあるさ」

「一流のサッカー選手ってそんなにすごいんですね」

 素直に感心した私の言葉に、大里選手もはにかんでいる。

 まるで少年のようだ。

「そういうお金のことに関しては俺自身よりもスポーツ記者の方が詳しいよ。確かこの前、生涯年俸が一億を超えたって記事が出てたみたいだけど」

 イチオク……か。

 一億円という金額を聞かされても全然ぴんと来ない。

 庶民にとっては宝くじの世界だ。

 彼が首をひねりながらたずねた。

「今、ユーロっていくらぐらいなんだ?」

 ユーロ?

 それで億って……。

 ということは百億円以上!?

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