溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
「まあでも、大きすぎる数字って、意味がなくなるよな。数えられないし」

 小学校の頃に億とか兆の勉強で、ゼロがたくさん並んだ数を見るだけで嫌になったのを覚えている。

「使い切れないしさ」

 うらやましい話だ。

「ありすぎて困るとか、悩みはないんですか」

「なんで悩むんだ?」

「変な人が寄ってくるとか。取られるんじゃないかと心配したりとか」

「君のことか?」

「はいはい、そうですよ」

 そっちから言い寄ってきたくせに。

「管理は専門スタッフに任せてるから、俺は最低限のお金しか持ってないんでね。そもそもこっちだと日常生活ではカードしか使わないからな」

「そうなんですか」

「必要経費とかは全部そっちに請求が行くし、税金の計算なんかも全部やってもらってる。俺はサッカーのことだけ考えていればいいんだ」

 彼は炭酸水を一口含んで海を眺めた。

「お金はあるけど、なくても俺は俺」

 そして私の方を向いた。

「でもそれはミケーレだって同じなんじゃないのか」

 理屈では分かる。

 でも、実際にはそうじゃない。

 そんな単純な話ではない。

 それに、お金の問題だけなら簡単だ。

 家族、仕事、その他様々なしがらみがあるのだ。

 お金だけなら切り離せても、しがらみはほどくことができない。

「あんたはすぐにだまされるんだな」

 え?

「なにかの話を別の話と結びつけるやつには気をつけろってことだよ」

「人生をサッカーにたとえるって話ですか?」

「そうだよ。全然関係ないだろ」

「あなたとミケーレも?」

「そりゃそうだ。あんなのと同じにされたらこっちがたまらないよ」

 あんなのって、そんな言い方しなくてもいいのに。

「俺は俺、あいつはあいつ。で、あんたはどっちを選ぶ?」

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