溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 大里選手を乗せた車がホテルを出ていった。

 インターホンが鳴る。

 メイドさんが朝食を下げに来たのかと思ったら、アマンダだった。

 ドアを開けると、朗らかな挨拶と共に入ってくる。

「おはようございます、美咲さん」

「おはよう。朝からどうしたの?」

「車を引き取りに来たんですよ。チームスタッフの車と入れ替えです」

「じゃあ、アマンダがあのフェラーリに乗って帰るの?」

「そうなんですよ。私に運転できますかね」

「傷でもつけてクビにならないようにね」

「クビですむならいいんですけどね」

 ああ、まあ、それで済まない可能性もあるのか。

 お金持ちの人の持ち物って、いろいろ面倒だな。

 アマンダがスマホを差し出す。

「これ、ミケーレから預かってきました」

「私に?」

「ええ、使い放題ですから、ご自由に。ミケーレの電話会社のものなので」

 そんな会社まであるんだ。

 逆に持っていない物を教えてほしいくらいだ。

「かけてみてください」

「ミケーレに?」

「はい。渡したらかけるように言われてますので」

 ちょっと嫌な感じがした。

 アマンダに義務を負わせて電話をかけさせるのは卑怯じゃないの?

 でも実際、彼女が責められると困るので私は登録された番号にかけてみた。

 まるで待ち構えていたかのように、一回目のコールが終わる前に彼が出た。

「やあ、美咲。かけてくれてありがとう」

 顔が見えないせいか、なんだか彼ではないような気がする。

 声に自信が感じられない。

「寂しい思いをさせて本当にすまないと思っているよ。二人でじっくりと話がしたいんだ。そうすればわかり合えると思うよ」

 どう返事をしていいのか分からなかった。

「そうね」

 返事をすることに意味があるのかも分からなかった。

 もう終わりでいいじゃない。

 そうすれば二人とも楽になれるわけだし。

 どうせ、あなたには他にもいい人がいっぱいいるんでしょうから。

 私はあなたのコレクションの一人。

 お城の大ホールに飾ってあった鹿の剥製や角と同じ、過去の獲物の残骸なのよ。

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