溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
「今日の試合を見に来てくれるよね」

「そういう約束だったから」

 あなたとではなく、彼との……ね。

「そうか、それはよかった」

 電話の向こうでミケーレが喜んでいる。

「でも、お母さんも来るんじゃないの?」

「いや、大丈夫だよ。母はカルチョ……、サッカーに興味はないから」

「でも、昨日のパーティーには来てたじゃないの」

「あれは政財界の連中との顔合わせの意味があったからね」

「そう、分かった」

 ふと、大里選手の話を思い出す。

『別れ話をしに行くチャンス』

 ちゃんと言えるだろうか。

 言わなくちゃいけないんだ。

 ちゃんと、お別れを言わなければならないんだ。

 そしてこのスマホも返さなければいけないんだ。

「今晩、ちゃんとお話ししましょう」

「そうかい。そう言ってくれるとうれしいよ、美咲。本当にすまない。僕もずっと心配していたんだよ。君には嫌な思いばかりさせてしまって、どうしても誤解を解きたかったんだ」

 ミケーレは一生懸命しゃべっている。

 でも、スマホから聞こえてくる音声はただうるさいだけで、私の耳には入ってこなかった。

「……美咲?」

「はい」

「愛してるよ」

「グラツィエ、ミケーレ」

 彼が黙り込む。

 私も言うべき言葉が見つからなかった。

「……すまない。仕事で人を待たせているんだ。とりあえず、今晩スタジアムで会おう。アマンダに手配を頼んであるから」

「迎えに来てくれないの?」

「僕は無理だよ。待ってるからね」

 電話が切れた。

『僕は無理だよ』

 彼の言葉が何度も頭の中で繰り返される。

 私も無理なのよ。

 どうしてこんなところだけ気が合うのかしらね。

 ナポリに来てすぐに燃え上がった恋は、花火の火薬のようにお互いを激しく焼き尽くして、あっという間に燃え尽きてしまったのだ。

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