青く薫る





 あたしたちのデビューはセンセーショナルな話題に事欠かず、特にネットでのトレンドは独占状態だった。話題性のあるなしは知名度、売り上げに直結してデビューシングルはチャートのトップを飾った。

 注目されればされるほど、世間にいろんなことを言われた。初めのうちは「中学生センター、カオ【三田薫子】の策略」とか、それと玲のことが話の中心だった。けどだんだん、それがあたしたちの確執、なんて話にすり替わってきて、雲行きが怪しくなってきた。
 あたしや、末席のメンバーをモブだと言い出す人が現れだして、目をそむけたくなるような書き込みが増えていった。

「さすがに凹むね」
「それでも頻繁に名前が出るだけカナエはまだいいのかもよ。私なんて殆ど何も書かれないもん」
「カオはずっとこんな思いしてきたんだよね、なんか、ほんとゴメン」
「えっ、謝んないで?」
「だって悪いのは勝手に決めた運営じゃん。それを外からやいのやいの言われて、内じゃあたしたちの負の感情をひとりで全部受け止めてたなんて、今になって申し訳ないやら恥ずかしいやら……」
「カナありがと。愛してる」
「あたしも、もうカオがいなきゃ生きていけない!」
「私も! カオのいない檸檬なんてもう考えられない」

 初めて合わせたあの日に感じたカオ……薫子への思いは、すぐには表に出せなかった。悔しさと照れ臭さが混じったような甘酸っぱい感情を引きずって、あたしたちはデビューした。
 だけどあまりにも忙しくて、あまりにもキラキラしてる、そんな毎日を文字通り寝食共にしているうち、次第に打ち解けあってた。

 あたしたち檸檬は、そういえば彼女が来る前の1年にだって、いろいろあったんだ。それを乗り越えてひとつになった。だから彼女とこうなれたのも、ごく自然なことだった。

 それ以前に何より、あたしたちはそこらのファンに負けないくらい、カオを愛してしまってる。カオと歌い踊るこの空間に、カオの醸し出す世界観に、これ以上ないくらい魅了されてしまっているんだ。

 だけど、だからこそ。今、すごく辛い。

 あたしはアイドルってすごく特別なものだと思ってて、特別な人しかなれないものだと思ってた。勉強もスポーツもそれほど得意ではなくて、けど容姿は少しだけ自信があった。友達とコスメやメイクの話をするときはあたしを参考にしてくれる子も多かったし、男子から告白されることも少なくなかったりしたから。要するに、自分はちょっと特別だと思ってた。

 実際オーディションに合格して檸檬に入れたくらいなんだから、特別なんだ、選ばれたんだ、って思った。でもそんなの、幻想だってすぐにわかった。ここでは可愛くて当たり前だったから。

 センターだった3人は特に群抜きで可愛いくて、その横、後ろに連なってた子たちもうちの学校にはいないってくらい可愛いかった。そんな中で、あたしは埋もれてた。自分の特別だと思ってた部分に価値がないことを知って、他になにがあるか考えた。

 だけど、歌もダンスも、すごく上手な子がいて、あたしがどんなに頑張ったところで、敵わないって分かるまでに時間はかからなかった。それでも仲間が応援してくれるから、頑張ってこれた。

 でも……、カオを知ってしまったあたしは、自分が本当に何者でもないんだなということを嫌というほどに悟ってしまった。しかもあんなにカリスマなのに、レッスン場に誰よりも早く来て練習してるんだ。今まで最初にレッスン場に入るのはあたしだった。彼女はいつも、あたしが着く頃にはTシャツが透けるほどの汗をかいてる。天才が誰よりも努力をしてたら、そりゃ誰もかなうわけない。嫌味でもなんでもなく、そういうところを尊敬する。でもあたしは同じだけの練習をしても、あそこまで行けない。特別な人っていうのは、カオみたいな人の事なんだ。それが分かってしまって、足がすくむ。あたしに、アイドルの資格なんかないんじゃないかって。

『あたし、凡人なんだなぁ』

 誰かに慰めて欲しかったのかもしれない。そんなことない、特別だよって、否定してほしかったんだなと、あとになって思う。でも指がそう呟いたのは、無意識に近かった。それほど、自分が追い詰められていたってことなのかもしれないけど。

『カナエは普通なのがいいんだよ』
『そこが可愛い』
『クラスにいそう感がイイ』
『カナエ普通に可愛いけど集合写真だとカオ以外みんな同じ顔に見えるからなんとも』
『まあ普通に今時っぽい子だよね』

 SNSに連なる言葉は、そのほとんどが向こうにしてみたら応援の意味だということは見てとれた。でも、そのどれもが、揃ってあたしを凡人だと認めていたことに、あたしは深く深く、落ち込んだ。

 普通がいいなんて、意味がわからなかった。普通なら、アイドルでいる意味なんかなくて、ただただ学校で、会社で、って、ちやほやされる女子でいればいいだけ。

 書き込まなきゃよかった……。中でも区別がつかないなんて言われたのは本当にショックだった。

 自分の中で消化できないこの気持ちを、あたしはこれ以上誰にも吐き出すことも出来ずに、誰とも会いたくなくて、部屋に閉じこもった。SNSはもう見ない。あたしはどうせ普通だ。凡人だ。価値なんかない。これ以上、わかりきった同じことを言われるのを見るなんて、ごめんだ。鏡に映る顔はどこにでもいそうな女子高生で、あたしにはそれがもう、自分の顔なのかどうかさえ、わからなくなってた。


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