青く薫る





 何日かが経った。昨日までは頭がベタベタして、背中も痒かった。でもお風呂に入りたい気分になれなくて、そうしたらなんだか今日あたりにはどうでもよくなった。それでもトイレにはかろうじて行く。食欲はぜんぜんなくて、だけど時々お腹が鳴るから買い置きのスナックでそれを満たす。床に散らばる空の袋に足が当たって、残りカスがこぼれた。あたし、このお菓子がなくなったら死ぬのかな。そんな考えがふと、頭をよぎった。でもどうでも良かった。死んだら死んだでいいや。そうしたらあたしはもう苦しくないし、あたしの代わりならいくらでもいる。なんせみんな同じ顔に見えるんだから。

 ガタン

 玄関ドアの郵便受けが大きな音をたてた。え? 今、何時だろう……。曜日とか時間の感覚もハッキリしない。窓に目をやると、カーテンの隙間からほんの少し見えた空は真っ暗だった。

 少し不審に思いながら郵便受けを開けると、中にはA4くらいの大きな封筒が入ってた。封筒は封がされてなくて、固くて大きめの紙が入ってるのが触った感じでわかった。

「あ……、色紙……?」

 何日かぶりに口から声が出た。風邪をひいてるわけでもないのに、喉を使っていなかったせいか掠れて、変な声。封筒を逆さにしたら、色紙と1通の手紙がすとんと落ちた。

「みんなから……」

 色紙には、メンバーからの励ましの言葉が書かれてた。そこに書かれてたことで驚いたのは、今までの揉め事のわだかまりを解くきっかけのようなものになってたのがあたしだったらしい、ということ。あたしは全然そんなの意識してなかった。

『あたしと玲がセンター取り合って揉めたあと誰も触れてくれなかったとき最初に声かけてくれたのがカナエだったんだよ。カナエがいなかったらずっとギスギスしてたと思う。だから今度は頼ってね! 待ってるから! 由衣』

『一発で振り付け覚えられないのに何がセンターだよってみんなにハブられてた時、朝早く練習しよって誘ってくれたカナエにホント救われたの。今はゆっくり休んで、帰ってきてね。 愛』

『最初に話しかけてくれたの、カナだから。カナのいない檸檬なんて檸檬じゃない。お願いだから側にいて。 薫子』

 手紙は運営からで、要約すると理由は作っとくからゆっくり休めってことだった。

 途中、視界がぼやけて何度も涙を拭った。あたし、いていいんだ。胸がじんわり熱くて、カチコチの氷みたいに固まってた心が溶けていく感じがした。

 スマホの電源を入れたら、ILNEの通知がすごいことになってて、あたしは慌ててメンバーに返信。即レスで返ってきたみんなからのあったかい言葉が全部、キラキラ輝いて見えた。

 そのあと、Twistaも覗いてみた。トレンドに『#普通がいい』ってあって、なんだろってタップしてみたら、『普通』がどれほど価値があるものか、って感じのタグで、あたしに宛てた呟きもたくさんあった。

『特別なのが良きゃカオ、俺は #普通がいい からカナエ。そこに需要がある限り、普通は不滅』

『俺らから見て普通に見えるカナエは、見えないとこが実はスゴイのかもしれんよな』

『僕は自分を凡庸で無価値だと思っていたから、カナエちゃんが頑張ってると自分も頑張ろうって思える。世の中が選ばれた、特別な人間だけに門を開くなら、僕は生きていても意味がない。カナエちゃんが輝ける世界は、希望なんだ』

 あたしが……、希望……。

 当然そんな風には自分では思わないけど、メンバーの言葉と合わさって、あたしを優しい何かが包み込んだような気がした。窓に向かって歩いて、ずっと締め切ってたカーテンを開いて、窓を開けた。夏の終わりの心地よい冷気と、かすかな虫の声、少し湿った土のにおいがした。

 ああ、お腹が減ったなぁ。でもその前に、シャワーを浴びよう。

 鏡に、ひどくやつれてボサボサ頭の女子高生が映ってた。あーあ、これじゃ、アイドルやってますなんてとても言えないや。ねぇ、カナエさん?

 あたしは鏡に向かって舌を出したり、いーっ、をして、それから。

 思いっきり、笑った。

 鏡に映ったあたしの後ろで、青色のカーテンが風にそよいだ。


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