若奥さまと、秘密のダーリン +ep2(7/26)
思わずハッと目を見開いた佳織は、ゴクリと苦しそうに喉を鳴らし、
「はい」と答えて深々と頭を下げた。

カチャっと扉が閉まる音が、静かに響く。

扉が閉まる音を聞いてもなお、佳織はショックのあまり頭を上げられなかった。

――十日? たったの十日?
 これから彼女と接点を持って、結婚を納得させてパリに送るまでの日数が十日しかない?

この仕事に失敗すれば、自分は終わりだ。

この事務所における評価は失墜し、もしかしたら、いや、もしかしなくても責任をとってここを辞めなくてはいけなくなるだろう。

それは、高みを目指し必死にがんばってきたこれまでの人生が幕を閉じ、弁護士羽原佳織としての死刑宣告と同じことだ。

息が苦しくなるのを感じながら、佳織は自分がしている腕時計を右手で触れた。

指先をひやりとさせるそれは、今の法律事務所に転職できた記念に自分への褒美にと奮発して買った有名ブランドの品物である。
月井夕翔の腕時計には遠く及ばないが、百万を超える買い物に心躍らせた宝物だ。

でもたったひとつのこの宝物で、満足しているわけじゃない。
死刑宣告もまっぴらごめんである。

佳織はキュッと唇を噛んだ。

「こうしてはいられないわ」

テーブルに広がる資料をかき集めた彼女は、
大急ぎで自分の席へと向かった。
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