愛さずにはいられない
「桐ケ谷さん、桐ケ谷さん?・・・桐ケ谷さん!!」
近くで呼ばれて奈央ははっとして返事をした。
「はいっ!」
振り向くとそこには先輩の編集者が立っている。
「そろそろ、あなた自分が蓮水から桐ケ谷になったこと、自覚したら?」
「すみません。」
奈央は結婚したことを職場に報告し、名刺もネームも桐ケ谷奈央に変更した。
それでもまだ慣れず、苗字で呼ばれても気が付かなかったり、電話で応対するときもつい蓮水と名乗ってしまった。
「今でも信じられないわ。まさかあなたが桐ケ谷さんと結婚するなんて。」
一緒に仕事をするスタッフやモデルたちからも結婚したことと同時に新しい苗字を名乗ると口々に同じことを言った。
奈央の職場で仁を知らない人はいない。美容業界で今は仁を知らない人はほとんどいない。
その桐ケ谷仁の妻を一目見ようと奈央を探す編集者やモデル、関係者が後を絶たなかった。
「あんなに桐ケ谷さんとは付き合ってないっていってたのに。」
この言葉には奈央はいつも困ってしまう。
本当に付き合っていなかった。
そもそも付き合ったのなんて一か月やそこらだ。
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