バッドジンクス×シュガーラバー
「小糸さん、がんばってますね。浅村もいい刺激もらえるって言ってましたよ」



立ったまま上半身だけを屈め、椅子に座る俺の耳もとでコソコソとそんなことを言う。

つられるように、牧野が見ている先へと目を向けた。

そこには数人の同僚たちと何やら立ち話をしている、小糸の姿がある。



「……そうだな」



牧野の言葉にうなずき、素直に同調した。

ここ最近の彼女の仕事に対する意欲には、目を見張るものがある。

まあがんばりすぎて、体調を崩してしまうのはやりすぎだが……ひたむきに“いい商品を作りたい”と努力するその姿勢は、掛け値なしに評価できる。

ふと何かを感じ取ったのか、小糸がこちらへ顔を向けた。

一瞬だけだが、たしかに、俺たちの視線がぶつかり合う。

けれどもすぐさま、慌てたように顔ごと目を背けられてしまった。



「…………」

「部長、顔顔。物騒にもほどがありますって」



無言で思いきり眉を寄せた俺に、牧野がまたもやツッコミを入れてくる。

今のやり取りを、この男も見ていたらしい。若干呆れた表情と声音で口を開いた。



「部長……小糸さんに何したんですか? ここ最近の彼女、異動当初以上に久浦部長のこと避けまくってるじゃないですか」



ひそめられた牧野の問いにはすぐに言葉を返さず、こちらに向けられた小さな後頭部へと穴が空くほど視線を送る。

けれども結局数秒待っても、あの綺麗な丸い瞳が再びこちらに向けられることはなかった。

俺は小さくため息をこぼし、ギッと軋んだ音をたてて背もたれに体重を預ける。
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