バッドジンクス×シュガーラバー
無数の視線たちを気にする余裕もなく、小糸はその場に立ったまま通話を続ける。



「それは……はい、はい……あ、あの、従業員の方々にお怪我は……? ……あ、そうでしたか、それはよかった……ええ、そうですよね、そこをよろこんでばかりもいられないですよね……」



彼女の言葉を聞いているだけでは、まだまったく話の内容が掴めない。が、雲行きが怪しいことだけは嫌というほどわかる。

周りが固唾を飲んで見守る中、通話を終えた小糸が静かに受話器を置いた。

数秒間呆然と固まっていた彼女が、意を決したように顔を上げてこちらへ近づいてくる。



「久浦部長、お話しが……」

「なんだ?」



椅子に腰かけたまますかさず問えば、やってきた小糸はあからさまに動揺した様子で口を開いた。



「それが……たった今、モリフク製茶の社長さんから連絡がありまして……今朝早く、事務所兼工場で火事があったそうです」

「なに?」



【モリフク製茶】は鹿児島にある老舗茶舗だ。小糸が9月の発売に向けて開発を進めているスイーツに使う和紅茶も、ここから仕入れることが決まっていた。

驚きの声を上げた俺の前に立つ小糸は胸もとで両手を握りしめながら、顔を青白くさせている。
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